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第7話 月とスッポン

冷泉千尋はじっと墨村慎吾を見つめ、唇に冷たい笑みを浮かべた。「墨村。そろそろ、あなたにもこの世界の現実を見せてあげるべきかもしれないわ。」


慎吾は思いがけない言葉に眉をひそめる。「どういう意味だ?」


千尋はそれ以上説明せず、部下に冷泉亮を起こすよう指示した。その口調には、どこか見下したような余裕すら感じられる。「この数日中に連絡するわ。逃げないで、ちゃんと顔を出して。安心して、あなたに何かするつもりはないから。でも、怖いなら逃げてもいいのよ。」


それだけ言うと、千尋は慎吾にもう一瞥もくれず、部下を連れてその場を去った。


階下では、亮が救急車に運ばれている。千尋と小山靖子もその後を追う形で車に乗った。亮の怪我はあまりに深刻で、母親である冷泉和子に隠し通すことなどできない。だが、真実を告げれば、さらに大きな波紋が広がるのは避けられなかった。


「靖子、つらい思いをさせてごめんなさい。後で埋め合わせするから。」千尋は淡々と話す。


靖子は頬の片側がまだヒリヒリと痛み、驚きと怒りが入り混じった表情で、それ以上に慎吾への恨みを募らせていた。補償なんて、とても求められる立場じゃない。「千尋さん、このままじゃ終われませんよ!あなたが今は我慢しても、亮さんが目を覚ましたら絶対に黙っていないはずです!必ず忠さんに訴えますよ。その時には……」


「それに、さっき慎吾を呼び出すって言いましたけど……もしかして、迷いがあるんですか?」靖子はおずおずと尋ねた。冷酷に見える千尋の心にも、慎吾へのわずかな罪悪感が残っていることを彼女は知っていた。過去、慎吾が冷泉家のためにどれだけ尽くしてきたか、靖子もよく分かっている。


「後悔?」千尋は鼻で笑い、氷のような眼差しを向けた。「とんでもない。こんなことで終わらせるのは、あまりにも彼に甘すぎるわ。それに、彼には今の私たちの間にどれほどの隔たりがあるか、まったく分かっていない。」


「だからこそ、はっきりと見せてあげる必要があるの。」


「靖子、何が一番人を絶望させるか分かる?」


靖子は首を横に振った。


千尋の声は冷たく、容赦なかった。「かつては同じ場所に立てたはずの相手が、ある日突然、天と地ほどの差をつけてしまうことよ。生きている世界、見ている景色、持っている力、すべてがまるで違う。追いつこうとしても、もう見上げることすら許されない。その絶望が、人から息をする勇気さえ奪うの。」


「私は慎吾に、今の私がどれほど高い場所にいるか、思い知ってもらうつもり。彼に、自分がどれだけ取るに足らない存在か、痛感させてやる。一生、私の足元にも及ばない、ただの埃でしかないってことを――。」


靖子は目を輝かせ、千尋の狙いをすぐに理解した。「なるほど……彼の自信を徹底的に打ち砕くつもりなんですね。二度と顔を上げられないように。悔しさと絶望の中で生きるしかなくなる……さすがです、千尋さん!」


慎吾のこれからを思い浮かべ、靖子の顔には満足げな笑みが浮かんだ。


千尋もまた、唇の端にほくそ笑みを浮かべていた。


その時、携帯電話が鳴った。画面に表示された名前を見て、千尋は少しだけ眉をひそめたが、電話に出た。


「白鳥?どうしたの?まだ私に怒ってるんじゃなかった?」


電話の向こうからは、穏やかな女性の声がした。「千尋、喧嘩をしにかけてきたんじゃないの。ただ……慎吾はもう出所したの?本当に彼と離婚したの?」


白鳥絢が慎吾について尋ねたとき、抑えきれない優しさがその声ににじむ。千尋の胸には、なぜか自分のものを横取りされるような苛立ちが湧き上がった。


「慎吾がどうなろうと、あなたには関係ないでしょ?私が離婚しようとしまいと、あなたには関係ないはずよ。」千尋の声は冷ややかで皮肉を帯びていた。「白鳥、あなた、もう婚約してるんじゃなかった?それなのに、まだ他の男を気にかけて、周りに知られたらどう思われるか考えたことある?」


婚約の話を持ち出され、絢はしばらく沈黙した後、かすかに悲しげな声で答えた。「分かってる……私にそんな資格はない。昔も、今も……」


「だけど、千尋、お願いだから彼を傷つけないで。慎吾は、この世で一番優しい人なの。あなたが彼を手放したら、きっと後悔する。今ならまだ間に合うから、どうか取り返しのつかないことはしないで。さもないと……あなたはきっと泣くわ。」


絢の忠告は、千尋の心を動かすどころか、逆に怒りと反発心を掻き立てた。


「白鳥、自分のことは自分で心配したら?慎吾がどんな人間か、あなたに口出しされる筋合いはないわ。あなたが彼を心配するなら、勝手にすればいい。私はもう彼と離婚した。今は自由の身よ。あなたも会いに行けば?白鳥家の立場を危うくしてまで、『前科者』に同情できるのかしら?」


「あなたの家の今の状況、分かってるでしょ?もし杜隆之介に知られたら、どうなるか……あなたの家はもう耐えられないんじゃない?」


自分の決意を示すかのように、千尋は慎吾の住所と電話番号をそのまま伝えた。絢が本当に行動に移せるのか、見てやろうという気持ちだった。


自分でも踏み込めないことを、他人が偉そうに言う資格なんてない――千尋の心には、そんな意地があった。


その頃、横浜の別の場所で。


白いワンピースをまとい、柔らかな雰囲気をまとう女性が、携帯を握ったままぼんやりと立ち尽くしていた。その澄んだ瞳には、溶けきれない哀しみと痛みが宿り、今にも崩れそうなほどだった。


「千尋……今でも、慎吾のすべての愛を受けられたあなたが羨ましい。でも、どうして大切にできなかったの?」


「私は、必死で大切にしたかったのに、もう彼のそばにいる資格さえ失ってしまった……それが私の悲しみなのね。」


絢はそっと目を伏せ、頬を涙が静かに伝った。


理性では、慎吾に会いにいくべきではないと分かっている。けれど、心の奥底に渦巻く思いと不安は、どうしても抑えきれなかった。


――一度だけでも、彼に会いたい。大切な人が、どれほど傷ついているのか、この目で確かめたい――。

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