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第3話

桜庭凛子は顔を上げ、早乙女亜月を見た。


似ている。


自分よりもずっと、早乙女詩織に。


「承知いたしました、社長」凛子はうなずいた。


「凛子さん、ご指導よろしくお願いします! 私、頑張って早く覚えますね!」早乙女亜月の声は甘ったるく響いた。


「どうぞお構いなく」桜庭凛子の態度は、一貫して適度な距離感を保っていた。


小早川城は、彼女からは少しも悔しさや妬みを見て取れなかった。


「気にしていないからこそ、嫉妬もしない」——その考えが頭をよぎると、たちまちイライラが込み上げてきた。「コーヒー」彼は一言だけ放ち、不機嫌そうな顔で執務室へ入っていった。


しばらくして、給湯室。


「早乙女さん、社長はコーヒーの味には非常にこだわられるので、その点……」


「凛子さん」早乙女亜月は突然言葉を遮り、腕を組んで見下すような表情に変えた。


「これからは、城さまの前でウロウロしないでいただけます? あなたを見ると不機嫌になるんですもの。城さまは今、私のもの。彼が不機嫌だと、私、胸が痛むの~」


それはまるで、正妻のごとき物言いだった。


桜庭凛子はコーヒー豆を挽きながら、ゆっくりと言った。


「早乙女さん、もし私に早く消えてほしいのなら? 口先だけの挑発は控えて、もっと早く仕事を覚えることをお勧めしますよ」


早乙女亜月の狙いは、桜庭凛子を怒らせ、できれば手を出させて、小早川城に彼女をもっと嫌悪させ、自分をより憐れんでもらうことだった。


そうすれば、すぐに追い出せる。


しかし、相手は全く意に介していない! 亜月は悔しさで歯がゆかった。


実のところ、彼女は数ヶ月前から小早川城の元に送り込まれていた。


桜庭凛子が邪魔だった。


いったいどんな手練手管を使って城さまを惑わせたのか? 自分の方が詩織に似ているのに、城さまは桜庭凛子を置いて自分を冷遇している! まだ手すら握ってもらえない! 時々自分の顔をじっと見つめてぼんやりしている以外は、ろくに良い顔もしてくれないのだ。


彼女は怨みを含んだ目で桜庭凛子を睨んだ。


「城さまに飽きられて捨てられたくずが、何を得意になってるの?」早乙女亜月の言葉は、侮辱に満ちていた。


桜庭凛子の目は鋭く、相手の心を貫くかのようだった。


「今日初めてお会いしたばかりなのに、早乙女さん、なぜそこまで私を恨むのですか?」


早乙女亜月は一瞬たじろいだ。


「恨んじゃいません!」


「まさか……まだ小早川城のベッドに潜り込めてないから?」桜庭凛子の口調には嘲笑が含まれていた。


「でたらめ言わないで!」早乙女亜月は急所を突かれ、鋭く反論した。


「秘書課のデスクにノートが二冊あります」桜庭凛子は淹れたてのコーヒーを彼女の前に差し出した。


「一冊は『社長秘書業務マニュアル』、もう一冊は『社長愛人手帳』。


そこには彼の好みがすべて記されています」


「どういう意味?」早乙女亜月は疑い深げに尋ねた。


彼女がそんなに親切なはずがない。


「文字通りの意味です。業務の引き継ぎです」桜庭凛子の笑みは穏やかだった。


「早乙女さん、私はあなたが思っているほど、小早川城のことを気にしていません。ただの仕事です。仕事に対しては、私は常にプロフェッショナル。引き継ぐべきことは、一つも漏らしません。それをあなたがどこまで覚えられるか、彼を喜ばせられるかは、あなたの手腕次第です」


早乙女亜月は眉をひそめ、彼女をじっと見つめた。


目には不信が満ちていた。


しばらくしてようやく言った。


「その言葉、ぜひ守ってくださいよ。さもないと、後悔することになりますからね!」


桜庭凛子の笑みは深まったが、目は冷たくなった。


「早乙女さん、私からも一つ警告しておきます。今日はともかく、これからはあなたの城さまを喜ばせることに専念して、私には近づかないでください。私を怒らせないで。さもないと…後悔するのはあなたの方ですよ」


早乙女亜月は彼女に見つめられ、背筋に理由もなく寒気が走った。


これが噂に聞く、温順で扱いやすい性格というものか?


その時、外でノックの音がした。


「桜庭秘書!営業一課の佐藤部長が至急お話があるそうです!」


「行きます」桜庭凛子は指先で軽く机を叩いた。


「何ぼんやりしてるの? コーヒーを届けなさい」そう言うと、彼女はその場を離れた。


「桜庭秘書!」出て行くなり、営業部長の佐藤健が怒りに満ちた顔で待ち構えていた。


「どうしてこんな大失態をしでかしたかと思えば、辞めるつもりだったんだな! もしこっちが先に相手に提案書を見せてなかったら、事が起きる頃にはお前はとっくに逃げてやがっただろう! 俺は今、お前が競合他社から袖の下をもらって、わざと契約書に細工をしたんじゃないかと疑ってる! そのせいで案件を棒に振ったんだ!」佐藤健は短気で、ついこの前まで桜庭凛子と仕事を共にしていた。


「佐藤部長、落ち着いてください。何があったのですか?」桜庭凛子は低い声で尋ねた。


「科麒電子のあの案件だ! 契約データはお前が提供したんだろう?」佐藤健が怒鳴った。


「はい。何度も確認して間違いないと確かめてからお渡ししました」桜庭凛子は確かな口調で言った。


「嘘をつけ!」佐藤健の目は血走っていた。この案件は彼のチームにとって極めて重要で、流れれば巨額の歩合が消えるだけでなく、次期の会社リソース優先権も直接失われる!


「お前がどんな大失態をしでかしたか、よく見てみろ! 数十億ドルの案件だ! うちのチームがどれだけ心血を注いだと思ってる!」彼は書類の束を桜庭凛子の目の前に叩きつけた。


桜庭凛子は手に取って細かく見た。


問題箇所は赤ペンで丸がしてあり、全部で六箇所のミス。


いずれも巧妙で、小数点がずれている箇所が二箇所あった。


「データが私の手を離れた時は、こうではありませんでした」彼女は断言した。


「つまり、俺たち営業部が大枚の歩合を投げ捨てて、退屈しのぎにお前、桜庭秘書を陥れたって言うのか?」佐藤健が書類を激しく叩いた。


「何を騒いでいる?」小早川城が執務室から出てきた。


「社長!」佐藤健はすぐに駆け寄り、事の次第を説明した。


早乙女亜月は小早川城の脇に立ち、桜庭凛子を見て驚いた顔をした。


「佐藤部長、凛子さんは最近ご家庭で何かあったみたいですし、もしかしたら気が散っていたのかも…。お怒りはごもっともですが、この案件がダメでも次が…」


「早乙女秘書!」桜庭凛子が鋭く遮り、目は冷ややかだった。


「白々しい嘘、誰を有罪にするつもりですか?」


「凛子さん、誤解です! あなたの為を思って言ってたのに…! 城さま、凛子さんが私を誤解するんです!」早乙女亜月は小早川城の背後に怯えたように身を縮め、怖がっている様子を装った。


小早川城の深い眼差しが、桜庭凛子を捉えていた。


(なるほど…。)


(五年間、人畜無害なウサギを演じていたキツネが、ついに鋭い爪と牙を現したか?)


(これが、桜庭凛子の本当の姿なのか?)


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