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第6話

高橋修は小狡そうに笑った。


口では強がっているが、明らかに怒りで頭に血が上っている奴がいる。


しかし、桜庭凛子が本当に玉の輿を狙っているのか?


彼は彼女が人混みを明確な目的を持って通り抜けていくのを見つめ、その行く先を見やった――デッキの奥、クラシックバンドのそばだ。


「あれは華麒麟株式会社の神谷一郎氏か?」高橋が顎をしゃくった。


小早川城が一瞥すると、特に驚いた様子もない。


高橋ははっとし、目を見開いた。


「おおっ!!君は『来ない』って言ってたのに、今日突然現れるなんて!神谷一郎が来るって、前から知ってたんだな?桜庭秘書が抱えてるあのプロジェクトのためか?」


小早川の目は冷たかった。


「使い捨てられた代わりが相手にするような案件だとでも?」


……


「パーティに来たのは、亜月が行きたいと言ったからだ……」小早川は付け加えた。


高橋は気まずそうに笑った。


元々無口な小早川が、余計なことを言えば言うほど、かえって怪しいのは明らかだった。


小早川自身も、それが逆に不自然に見えることに気づいたのか、一瞬、苛立ちの色が顔をよぎった。

桜庭凛子は、神谷一郎に近づくのがこれほど困難だとは思っていなかった。


数歩手前で警備員に遮られた。


「お嬢様、あちらにはしばらくお近づきになれません」


「神谷様にご用件が」


「ご用件は神谷様の秘書へご予約ください。本日は公務の対応はいたしておりません」


物音に気づいた神谷が振り返る。


桜庭凛子を見た時、彼の目にはありがちな男の貪欲さはなく、むしろ嫌悪に近い眉のしかめ方が浮かんだ。


桜庭は事前に調べていた。


神谷一郎は技術者出身で品行方正、亡くなった妻を深く愛し、自分に絡んでくる女性を嫌悪する人物だった。


彼女があまりに美しいため、仕事人間には見えず、神谷も何か誤解しているらしい。


神谷は同伴者に何か一言告げると、立ち去ろうとした。


桜庭はかすかに彼が同伴者に言うのが聞こえた。


「あのハープはなかなか良かった。主催者が演奏者を呼んでいないとは惜しい」


ハープ?桜庭は音楽ステージの金色のハープを見た。


桜庭の祖母はかつて有名なハープ奏者だった。


彼女は幼い頃から習い、近年はあまり弾いていなかったが、腕は確かだった。


神谷が去り、警備員もそれに続いた。もはや遮る者はいない。


桜庭凛子はまっすぐハープの元へ歩み寄り、腰を下ろすと、指先で弦をはじいた。優雅な調べが響き渡った。


ちょうどメインホールに入ろうとしていた神谷が足を止め、振り返った。


桜庭は俯きながら弦を奏で、静謐で優雅な姿。


その音色に引き寄せられて人々が集まり始めると、神谷も足早に戻ってきた。


さっきまで彼の目に「あの手の女」と映っていた人物の、今の気品はまるで別人だった。


彼女を通して、神谷には四十年前、最愛の人と初めて出会ったあの午後の光景が重なって見えた。


この様子を高橋と小早川城も見ていた。


「桜庭秘書、こんなこともできたのか?」小早川は黙ったままだった。


彼は桜庭凛子がハープを弾けることなど知らなかった。


柔らかな光の中、彼女は一心に弦と向き合い、神聖で遠く、見知らぬ人のように見えた。


五年間もそばにいた人物とは思えなかった。


この思いが、彼の陰鬱をさらに深くした。


五年間も騙されていたのか。


ハーフの青年、九条曜は警備員に連れられて両親のもとへ戻された。


今日は彼の誕生日だった。アイスランドでバカンスを過ごすはずだったのに。


両親は無理やりこのパーティを開いて、有力者との人脈作りを強いた。


母親の商談話を聞きながら、曜は退屈のあまりげっそりしていた。


背後で音楽が響き始めると、彼は振り返った。


生気のない瞳が、一瞬で輝きを取り戻した。


一曲が終わり、桜庭凛子はほっと一息ついた。


一音も間違えなかった。


一瞬の沈黙の後、拍手が沸き起こる。


彼女は落ち着いて立ち上がり、礼をした。


脇見すれば、神谷一郎が近づいてくるのがわかった。


「お嬢様!ご招待状のご提示をお願いいたします!」二人の係員が、いかめしい形相で近づいてきた。


人混みの中の早乙女亜月は、内心ほくそ笑んでいた。


いい気味だ!目立ったツケだ!


招待状も持たずに豪華客船に潜り込み、玉の輿を狙うなんて、正にお披露目の絶好のチャンスじゃない!


桜庭は呆れた。パーティの会場内で、今さら招待状を確認するなんて?


わざわざ前に割り込んできた早乙女亜月の姿が目に入った。


その顔には得意げな表情が満ちていた。


早乙女亜月がいるということは、小早川城も?


周囲から囁く声が聞こえ始めた。


「玉の輿狙いが招待状すら買わない?タダ乗りか?」


「なかなか商売熱心だな!」


「やっぱり怪しいと思ったよ、こっそり乗り込んだんだ!」


「九条家の警備は酷すぎる!」


「お嬢様!ご招待状をお願いします!」係員が鋭く迫った。


早乙女亜月が得意にしていると、二階にいたはずの小早川城の姿が見えなくなっていることに気づいた。


見渡すと、小早川城と高橋修が階段を降りてくるのが見えた。


一つの考えが頭をよぎった。小早川城は桜庭凛子を助けに来ているんだ!


「申し訳ありませんが……」桜庭が諦めの声を上げようとしたそのところへ。


「彼女に招待状など必要ない」という声が人垣の向こうから響いた。


一同がその声の主を振り返る。桜庭凛子は姿を現した人物を見て、固まった。


なぜ彼が。

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