「若様…?」さっきまで威勢の良かった二人の男が、九条曜を見て呆然とした。
「何をしている?」九条曜は眉をひそめ、一歩踏み出して桜庭凛子の前に立った。
周囲から驚きの声が上がる。
「お客様から、こちらのお嬢様に招待状がないと伺いまして…」一人が説明しようとした。
「彼女は俺が直接呼んだ客だ。用があるなら俺に言え!」九条曜の声は硬い。
「とんでもない!お嬢様、お見逸れいたしました!」二人は慌てて詫びた。
「構いません」凛子は首を振った。
「さっさと行けよ!」九条曜は手を振りながらも、まだ不機嫌そうな顔をしていた。
九条家では、この若様が最も温和な性格で知られており、眉をひそめる姿は珍しい。
二人の男はしょんぼりと立ち去りながら、自分たちを陥れたろくでなしを呪っていた。
早乙女亜月は状況の悪化を察し、人混みに紛れ込んだ。
「彼女、九条家の若様と知り合いなの?」
「九条様のあの守りよう、恋人じゃない?」
「一体何者なの?」早乙女の耳にその噂話が入ると、顔が青ざめた。
桜庭凛子が小早川城に捨てられたばかりなのに、煌星グループの御曹司に取り入っただと? 何様のつもりだ!
凛子は自分をかばってくれた九条曜を見つめ、少し戸惑っていた。
このハーフの青年が、まさかのパーティーの主役、九条家の御曹司だったとは。
「驚かなかったか?」九条曜が振り返り、心配そうに尋ねた。
「大丈夫です、九条様。ありがとうございます」
実はこっそり忍び込んだ身だったので、凛子は少し気まずかった。
……
そうだ!神谷一郎!彼女は慌てて周囲を見回したが、散り散りになった人混みの中に、神谷の姿はなかった。
「何か探しているのか?何か落とした?」九条曜も一緒に辺りを見回す。
「いえ…」
「凛子さん!」あの甘ったるい声が再び響いた。
早乙女亜月が小早川城の腕を組んで近づいてくる。
見た目は確かに似つかわしいカップルだった。
「小早川社長」凛子は冷たく一礼した。
高橋修が笑いながら手を振った。
「桜庭秘書~」 凛子は目も合わせない。
高橋は眉を上げた。
おやおや、桜庭秘書は根に持っているな。
あの日オフィスで余計なことを言ったことを、まだ覚えているらしい。
小早川城が近づき、一瞥を凛子に走らせると、すぐに九条曜に目を移し、鼻で笑った。
「桜庭秘書、素早い身のこなしだな」
凛子の心が沈んだが、顔は作り笑いを浮かべた。
「小早川社長の教えが身についていますわ」
その言葉が落ちた瞬間、小早川の目に鋭い怒気が走った。
…ふん、一言で小早川社長の癪に障ったようだ。
凛子は思った。
人が多く目立つ場所でなければ、この旦那、自分を海に放り投げるんじゃないかって。
「小早川様、お噂はかねがね」九条曜が礼儀正しく挨拶した。
小早川城は生まれも育ちも良く、普段は礼儀正しいのだが、この時ばかりは…。
彼はまともに取り合わず、早乙女を連れて宴会場へと歩き出した。
高橋は火に油を注ぐような、面白半分の表情を浮かべている。
凛子の「教えが身についていますわ」という言葉に、思わず吹き出しそうになった。
小早川社長のもとを離れた桜庭秘書は、何もかもが新鮮だ。
彼は口元に笑みを浮かべ、小早川たちの後を追った。
凛子は彼が嫌いだった。その野次馬根性が、ますます腹立たしい。
小早川のあのバカ社長!自分は会社の損失を止めようと必死で働いているのに、あの方は大事な人を連れて足を引っ張りに来るなんて!
「凛子」澄んだ声がした。
凛子が顔を上げると、九条曜の淡い青い瞳がキラキラと輝き、笑みに満ちていた。
「桜庭凛子!」彼は今度はフルネームで呼び、声はさらに弾んでいた。
凛子は思わず笑ってしまった。「ええ、私は桜庭凛子です」
「いい名前だ!」九条曜は何かを思い出したように、真剣に言った。
「僕は九条曜(くじょうあきら)。照曜の曜とかいて、アキラと読む!」
凛子は目を伏せ、こぼれた髪を耳の後ろにかけながら微笑んだ。
イライラしていた気持ちが、なぜか少し落ち着いた。
パーティーはまだ続く。
神谷一郎が完全に去る前に、まだチャンスはあるはずだ。
「そういえば、君がこっそり上がってきたのは、大事な用事があったからか?」九条曜が尋ねた。
凛子の口調には少し悔しさがにじんだ。
「先輩とお話ししたくて…。さっき、もう少しで話せそうだったんです」
「誰を?俺が手伝うよ!」九条曜は親切だった。
凛子の心の中には秤があった。
世の中のすべてには代償が伴うものだ。
彼女は首を振った。
「九条様…」
「曜って呼んで!」
凛子は困りながらも、口を開こうとしたその時、神谷一郎の護衛が歩み寄ってきた。
「お嬢様、社長がお呼びです」
凛子の胸に喜びが湧き上がった。即座に答えた。
「承知しました。すぐに参ります」
「社長?誰だ?」九条曜は警戒した。
友人から、ろくでもない年上の男が若い女性をいじめる話を聞いたことがあった。
「私が探していた方です」凛子は小声で言った。
「曜、今日は本当にありがとう。また機会があれば、ご飯をご馳走します」
そう言うと、彼女は護衛の後を追った。
しばらくして、豪華客船のスイートルーム。
「どこの会社だ?」神谷一郎が振り返り、凛子を一瞥した。
挨拶もそこそこに、単刀直入に切り出した。
「神谷会長、倍栄キャピタルの者です」凛子は答えた。
神谷は一瞬驚いたように見えたが、すぐに眉をひそめた。
「琴はうまかった。気分が良くなったよ。だがな、倍栄キャピタルはプロじゃない。プロじゃないチームとは仕事はできん」
「神谷会長」凛子の口調は柔らかく、攻撃性はなかった。
「最近、業界のトップ企業の企画を、たくさんご覧になられたそうですね?」
神谷はうなずいた。
「お前たちのも含めてな。倍栄キャピタルのは特に失望した」
「社内で少し問題があり、提供したデータに誤りがありました。誠に申し訳ございません」凛子の態度は誠実だった。
「ですが、私たちの完全な企画は、まだご覧になっていらっしゃらないのでは?」