翌朝にようやく接岸するクルーズ船。
今夜もなお続く騒ぎに疲れた者には、豪華な客室で休む選択肢もあった。
主人である九条曜は応酬に忙しく、桜庭凛子も疲れていたため、曜は客室を用意して彼女を休ませた。
客室に戻り、ようやく落ち着いた凛子は親友の小林美桜に電話をかけた。
しかし美桜は友人と盛り上がっており、ろくに話もせずに切ってしまった。
凛子はベッドに倒れ込み、そっとお腹に手を当てた。
「いい子、ママは今忙しいからね。お仕事の引き継ぎが終わったら、ちゃんと面倒みるからね。」
少し横になっていたところで、携帯が鳴った。
あの人からの着信だ。
長年の仕事の習慣で、反射的に起き上がり電話に出てしまった。
……この厄介な習慣め!
「1899号室に来い。」
電話越しでも冷たさが伝わる小早川城の声だった。
1899は客室番号だ。
凛子は眉をひそめた。「小早川社長、何のご用でしょうか?」
「頭痛だ。」彼には頭痛の持病があった。交通事故の後遺症だという。
「早乙女さんは? 彼女に……」
「お前が来て、やり方を教えろ。」
仕方ない、と凛子は思った。確かにこれも引き継ぎの一部と言えなくはない。
早乙女亜月がいるなら、怖くも何ともない。
*******
1899号室内。
「城さま、凛子さんって本当に九条さまとお付き合いなさったんですか? あちこちで噂を耳にしまして……凛子さんって本当におできになるんですね。城さまとお別れになったと思ったら、すぐに名門にお乗り換えなんて! 私みたいに、不器用で城さまを楽にさせてあげられない者とは大違いです……」
早乙女亜月の声は甘ったるく響いていた。
ネクタイを緩め、ワイシャツのボタンを二つほど外した小早川城は、ソファに足を組んで寄りかかり、紙のように青ざめた顔をしていた。
亜月の言葉を聞いて、頭痛がさらにひどくなった。
「彼女に手を出すなと言ったはずだろ?」城の声は氷のように冷たい。
亜月はぎくりとした。
「城さま? 私……何か間違ったこと言いましたか?」
「早乙女、俺の前で小賢しい真似をするな。」
城は目を開け、警告の眼差しを向けた。「さもないと、お前もすぐに『お払い箱』だ。」
亜月は体を震わせ、これ以上言い訳できなかった。
「……かしこまりました。」
城は再び目を閉じた。
その時、ドアベルが鳴った。
亜月がドアを開けると、桜庭凛子が立っていた。
顔をしかめたが、城の前ではどうにもできない。
「凛子さん、お待ちしてました!」亜月は無理に笑顔を作った。
凛子は彼女を無視し、真っ直ぐに部屋へ入った。
ソファにいる城を見て、思わず眉をひそめた。
「こっちへ来い。」城が口を開いた。
凛子が近づいた。
「小早川社長、お薬はお持ちでないのですか?」
「持ってない。揉んでくれ。」普段の冷徹な迫力を欠いた、弱々しく、どこか哀れで拗ねたような声だった。
凛子は諦め、彼のそばへ行った。
顔は真っ白で、唇まで血の気が失せている。
城は無意識に顎を上げた。
凛子が腰を下ろすと、城は彼女の膝を枕にした。
自然で親密なその動作に、亜月は腹の虫が収まらなかった。
「早乙女さん、小早川社長は頭痛持ちなんです。
今後お供する際は、必ず薬をお持ちください。」凛子がそう言いながら、指先でそっと城のこめかみを押さえ始めた。
「もし薬が効かない場合は、こうして揉むんです……」
「うるさい! 黙れ!」城は苛立たしげに遮った。
凛子は堪忍強く言った。
「小早川社長、私を呼んで早乙女さんに教えろとおっしゃったのは、あなたですよ。」
小早川城はゆっくりと目を開けた。
凛子は彼を見ず、揉み続けた。
次の瞬間、城は猛然と彼女の手首を掴み、身を翻して凛子をソファに押し倒した!
「そんなに急いで引き継ぎか? 次の受け入れ先を見つけたと? 太っちょの鉱山オーナーか? それとも九条曜のあの小僧か? まさか神谷一郎じゃあるまいな?」
凛子は呆然とし、すぐに抵抗した。
「小早川城! 何を馬鹿なこと言ってるのよ! 離しなさい!」
「あの鉱山オーナーには妻がいる! 九条曜に妻はいないが、奴はお前よりずっと年下だ。いずれ政略結婚もするだろう! どうだ? 俺が結婚するのはダメで、お前は愛人になるのは平気だと?」
「小早川城!」凛子は怒鳴った。
城は口をつぐんだが、手は離さず、凛子の両手を頭の上で押さえつけたまま、膝で彼女の足を押さえ込んでいた。
「私を何だと思っているの?」凛子は城を見つめ、美しい目に涙を必死に堪えていた。
「あの時、私を買ったのは祖母を救うためだったのよ! 私は……都合のよく、安い女じゃないわ!」
「安い女」という言葉が、城の心に重く響いた。
「俺は見たぞ。あの鉱山オーナーの名刺を受け取るお前を。九条曜と一緒にいるお前もな。」城は怒りで目尻を赤くし、罰を与えるように乱暴に彼女の唇を奪った。
凛子は唇の皮が破れたのを感じた。
気が狂いそうだった! 早乙女亜月がまだいるのに! 小早川城は自分が何をしているのか分かっているのか? それに、さっきまで亜月にキスしていた口で、今度は私に……! 本当に吐き気がする!
「痛い!」凛子は初めて、彼の罰から逃れようと顔を背けた。
城は一瞬硬直し、すぐに彼女の顎を掴んで顔を戻した。
「逃げる気か?」
「なぜ逃げてはいけないの? 私はあなたのおもちゃじゃないわ!」凛子は早乙女亜月を見た。
「遊びたいなら、ここに待ってる人がいるじゃない!」
早乙女亜月は完全に固まり、呆気に取られていた。
さっきまで頭痛で死にそうだった城が、瞬く間に凛子を押さえつけてキスしたり噛んだりしているなんて! それに……おもちゃって? 桜庭凛子はおもちゃなのか? 違う、早乙女亜月は違う! 彼女は将来、小早川のお嫁さんになる人間だ!
「桜庭凛子……ずいぶん図々しくなったな?」城は歯を食いしばりながら言った。
「彼女に教えに来たんだろ? ああ、その通りだ。しっかり教えろ。丁寧にな!」
城は完全に狂ったように見えた。
ネクタイを外すと、凛子が驚いて見つめる中、彼女の手首を縛った。
この手口、凛子はよく知っていた。
「小早川城!!」凛子は悲鳴を上げた。
「俺の側にいるのは何のためだ? 数日で忘れたか?」城の声は冷たかった。
「今夜は、お前が彼女に教えてやれ。どうやってベッドの上で俺を喜ばせるかをな!」
「やだ……」凛子は信じられないというように首を振った。
ここまで侮辱するとは。
「やだだと?」城は彼女の顎を掴み、恐ろしい笑みを浮かべた。
「お前、なかなか腕がいいじゃないか。」
凛子は悟った。彼は完全に逆上している。
これ以上刺激してはいけない。
「小早川城、あの名刺は欲しくなかったの。
あの男がうるさくて、神谷会長に企画書を見てもらうのが早く済むと思って。
受け取ったらすぐに捨てたわ!」凛子は城を見つめた。
凛子は続けた。「九条曜とは本当に何もないの。だから……怒らないで……。」