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第9話

翌朝にようやく接岸するクルーズ船。


今夜もなお続く騒ぎに疲れた者には、豪華な客室で休む選択肢もあった。


主人である九条曜は応酬に忙しく、桜庭凛子も疲れていたため、曜は客室を用意して彼女を休ませた。


客室に戻り、ようやく落ち着いた凛子は親友の小林美桜に電話をかけた。


しかし美桜は友人と盛り上がっており、ろくに話もせずに切ってしまった。


凛子はベッドに倒れ込み、そっとお腹に手を当てた。


「いい子、ママは今忙しいからね。お仕事の引き継ぎが終わったら、ちゃんと面倒みるからね。」


少し横になっていたところで、携帯が鳴った。


あの人からの着信だ。


長年の仕事の習慣で、反射的に起き上がり電話に出てしまった。


……この厄介な習慣め!


「1899号室に来い。」


電話越しでも冷たさが伝わる小早川城の声だった。


1899は客室番号だ。


凛子は眉をひそめた。「小早川社長、何のご用でしょうか?」


「頭痛だ。」彼には頭痛の持病があった。交通事故の後遺症だという。


「早乙女さんは? 彼女に……」


「お前が来て、やり方を教えろ。」


仕方ない、と凛子は思った。確かにこれも引き継ぎの一部と言えなくはない。


早乙女亜月がいるなら、怖くも何ともない。


*******


1899号室内。


「城さま、凛子さんって本当に九条さまとお付き合いなさったんですか? あちこちで噂を耳にしまして……凛子さんって本当におできになるんですね。城さまとお別れになったと思ったら、すぐに名門にお乗り換えなんて! 私みたいに、不器用で城さまを楽にさせてあげられない者とは大違いです……」


早乙女亜月の声は甘ったるく響いていた。


ネクタイを緩め、ワイシャツのボタンを二つほど外した小早川城は、ソファに足を組んで寄りかかり、紙のように青ざめた顔をしていた。


亜月の言葉を聞いて、頭痛がさらにひどくなった。


「彼女に手を出すなと言ったはずだろ?」城の声は氷のように冷たい。


亜月はぎくりとした。


「城さま? 私……何か間違ったこと言いましたか?」


「早乙女、俺の前で小賢しい真似をするな。」


城は目を開け、警告の眼差しを向けた。「さもないと、お前もすぐに『お払い箱』だ。」


亜月は体を震わせ、これ以上言い訳できなかった。


「……かしこまりました。」


城は再び目を閉じた。


その時、ドアベルが鳴った。


亜月がドアを開けると、桜庭凛子が立っていた。


顔をしかめたが、城の前ではどうにもできない。


「凛子さん、お待ちしてました!」亜月は無理に笑顔を作った。


凛子は彼女を無視し、真っ直ぐに部屋へ入った。


ソファにいる城を見て、思わず眉をひそめた。


「こっちへ来い。」城が口を開いた。


凛子が近づいた。


「小早川社長、お薬はお持ちでないのですか?」


「持ってない。揉んでくれ。」普段の冷徹な迫力を欠いた、弱々しく、どこか哀れで拗ねたような声だった。


凛子は諦め、彼のそばへ行った。


顔は真っ白で、唇まで血の気が失せている。


城は無意識に顎を上げた。


凛子が腰を下ろすと、城は彼女の膝を枕にした。


自然で親密なその動作に、亜月は腹の虫が収まらなかった。


「早乙女さん、小早川社長は頭痛持ちなんです。


今後お供する際は、必ず薬をお持ちください。」凛子がそう言いながら、指先でそっと城のこめかみを押さえ始めた。


「もし薬が効かない場合は、こうして揉むんです……」


「うるさい! 黙れ!」城は苛立たしげに遮った。


凛子は堪忍強く言った。


「小早川社長、私を呼んで早乙女さんに教えろとおっしゃったのは、あなたですよ。」


小早川城はゆっくりと目を開けた。


凛子は彼を見ず、揉み続けた。


次の瞬間、城は猛然と彼女の手首を掴み、身を翻して凛子をソファに押し倒した!


「そんなに急いで引き継ぎか? 次の受け入れ先を見つけたと? 太っちょの鉱山オーナーか? それとも九条曜のあの小僧か? まさか神谷一郎じゃあるまいな?」


凛子は呆然とし、すぐに抵抗した。


「小早川城! 何を馬鹿なこと言ってるのよ! 離しなさい!」


「あの鉱山オーナーには妻がいる! 九条曜に妻はいないが、奴はお前よりずっと年下だ。いずれ政略結婚もするだろう! どうだ? 俺が結婚するのはダメで、お前は愛人になるのは平気だと?」


「小早川城!」凛子は怒鳴った。


城は口をつぐんだが、手は離さず、凛子の両手を頭の上で押さえつけたまま、膝で彼女の足を押さえ込んでいた。


「私を何だと思っているの?」凛子は城を見つめ、美しい目に涙を必死に堪えていた。


「あの時、私を買ったのは祖母を救うためだったのよ! 私は……都合のよく、安い女じゃないわ!」


「安い女」という言葉が、城の心に重く響いた。


「俺は見たぞ。あの鉱山オーナーの名刺を受け取るお前を。九条曜と一緒にいるお前もな。」城は怒りで目尻を赤くし、罰を与えるように乱暴に彼女の唇を奪った。


凛子は唇の皮が破れたのを感じた。


気が狂いそうだった! 早乙女亜月がまだいるのに! 小早川城は自分が何をしているのか分かっているのか? それに、さっきまで亜月にキスしていた口で、今度は私に……! 本当に吐き気がする!


「痛い!」凛子は初めて、彼の罰から逃れようと顔を背けた。


城は一瞬硬直し、すぐに彼女の顎を掴んで顔を戻した。


「逃げる気か?」


「なぜ逃げてはいけないの? 私はあなたのおもちゃじゃないわ!」凛子は早乙女亜月を見た。


「遊びたいなら、ここに待ってる人がいるじゃない!」


早乙女亜月は完全に固まり、呆気に取られていた。


さっきまで頭痛で死にそうだった城が、瞬く間に凛子を押さえつけてキスしたり噛んだりしているなんて! それに……おもちゃって? 桜庭凛子はおもちゃなのか? 違う、早乙女亜月は違う! 彼女は将来、小早川のお嫁さんになる人間だ!


「桜庭凛子……ずいぶん図々しくなったな?」城は歯を食いしばりながら言った。


「彼女に教えに来たんだろ? ああ、その通りだ。しっかり教えろ。丁寧にな!」


城は完全に狂ったように見えた。


ネクタイを外すと、凛子が驚いて見つめる中、彼女の手首を縛った。


この手口、凛子はよく知っていた。


「小早川城!!」凛子は悲鳴を上げた。


「俺の側にいるのは何のためだ? 数日で忘れたか?」城の声は冷たかった。


「今夜は、お前が彼女に教えてやれ。どうやってベッドの上で俺を喜ばせるかをな!」


「やだ……」凛子は信じられないというように首を振った。


ここまで侮辱するとは。


「やだだと?」城は彼女の顎を掴み、恐ろしい笑みを浮かべた。


「お前、なかなか腕がいいじゃないか。」


凛子は悟った。彼は完全に逆上している。


これ以上刺激してはいけない。


「小早川城、あの名刺は欲しくなかったの。


あの男がうるさくて、神谷会長に企画書を見てもらうのが早く済むと思って。


受け取ったらすぐに捨てたわ!」凛子は城を見つめた。


凛子は続けた。「九条曜とは本当に何もないの。だから……怒らないで……。」

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