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第16話

失血と疲労で、桜庭凛子は縫合後に点滴を受けることになった。


輸液の内容を確認し、問題ないとわかってようやく頷いた。


[秋冬の季節、風邪が流行っている]


桜庭は隅っこに身を縮めて座った。


失血と疲れで頭がぼんやりする。


うとうとし始めた頃、半日ほど席を外していた山本彩が慌ただしく戻ってきた。


どこからか温かいスープを調達してきていた。


「桜庭さん、温かいうちに飲んで!栄養補給に!」


桜庭は苦笑した。


「本当に大丈夫ですから、会社に戻ってください」


「戻るわけないでしょ!華麒麟の案件の歩合だけで半年は遊んでられるわ!」山本は一瞬ためらい、「あの時は...誤解してごめん」


桜庭は黙って首を振った。


「大丈夫」とは言えなかった。


山本も理解していた。


謝罪は自分の義務、許すかどうかは相手の自由だ。


ほどなくして、山本は仕事の電話で呼び出された。


担当プロジェクトでトラブルが発生し、現場対応が必要だという。


帰り際、無理やり桜庭のLINEを登録していった。


LINEの未読メッセージは山ほどたまっていた。


目がしょぼしょぼする桜庭はちらっと見ただけでスマホを置いた。


ふと、誰かが近づいてくる気配を感じた。


瞼が重くて開けられない。


しばらくして、温もりのある上着がかけられ、懐かしい清涼感のある香りに包まれた。


誰のものかすぐには思い出せなかったが、なぜか安心し、深い眠りに落ちた。


向かいの席には小早川城が座っていた。


彼の視線は、桜庭の険しく眉間に釘付けになっていた。


今日はアリス・カンベルを空港へ迎えに行き、そのまま小早川家の本邸へ向かう予定だった。


しかしなぜか彼はアリスを会社に連れて行った。


そして経済犯罪捜査官が営業一課を訪れたと聞くと、アリスも一緒に連れて行った。


桜庭凛子が取り乱す姿を見られると思ったが、実際に見たのは血まみれの彼女だった。


しばらく見つめているうちに、輸液袋が空に近づいた。


小早川は看護師を呼んだ。


長身のイケメンを見て、看護師の目が輝いた。


「手際よくお願い。痛がりなんで」


看護師の手際が雑なのに気づき、小早川は眉をひそめて注意した。


看護師は驚いた。


「縫合もガラス片除去も麻酔なしで耐えた人ですよ?痛がりなんですか?」


「...何だって?」小早川は聞き返すように言った。


「彼女...自分から麻酔なしでいいって...」


看護師は彼の眼光に圧倒された。


麻酔なし?


なぜ?


小早川の胸が締め付けられるような痛みを感じた。


あの痛みに最も弱い桜庭凛子が...


その時、桜庭の携帯が鳴った。

看護師はその隙に逃げるように去った。


まだ朦朧としている桜庭は、見もせずに電話に出た。


寝ぼけた声は甘く柔らかかった。


「みお?目が覚めた?」


小早川は雷に打たれたように凍りついた。


みお?


誰のことをみおと呼んでいる?


桜庭凛子の交友関係は極めて狭く、この5年間は彼を中心に回っていた。


そんな呼び名がどこから出てきた?


九条曜か?それともGクラスを乗り回すあの男か?


電話の向こうでは、小林美桜が二日酔いの頭痛をわめきながら、「もう飲むもんか」と誓っていた。


桜庭はくすりと笑った。


ふと目を上げ、笑みが顔から消えた。


「今ちょっと用事があるから、また後で」


彼女は急いで電話を切った。


「話せばいいだろう、なぜ切る?」


小早川の声は冷え切っていた。


「小早川社長、なぜここに?」


桜庭は顔色一つ変えず、青白い顔で平静に尋ねた。


頬のガラス傷もまだ赤い。


小早川の心にあったわずかな憐れみは、すっかり消えていた。


「アリス・カンベルが心配して、見に来いと言った」


彼の口調は冷たかった。


桜庭の指先が微かに震えた。


やはり。


アリス・カンベルさんは、美しくて心優しい方なのだ。


彼女は俯いて頷いた。


「ご覧の通り無事です。報告すればお役目は果たせます」


小早川の顔が険しくなった。


立ち上がると、 「桜庭凛子、お前は本当に恩知らずだ」 捨て台詞を残し、振り向いて歩き出した。


しかし何か思い出したように、立ち止まって振り返り、上から見下ろすように彼女を睨んだ。


「さっきの電話、まさか藤原裕のクソ野郎じゃないだろうな?」


桜庭の胸が高鳴った。


藤原裕...?


何年も聞かなかった名前...


「社長と何の関係が?」


桜庭の声は冷たくなった。


「小早川社長、私はもうあなたの籠の鳥じゃありません。どこへ飛ぼうと私の自由。干渉しないでください」


小早川は額に手を当てて笑った。

「桜庭凛子、早乙女亜月もアリス・カンベルもお前を揺るがせなかったのに、藤原裕か?」

彼の目は刃のようで、桜庭を切り裂かんばかりだった。


桜庭は歯を食いしばった。


説明すべきだった。


藤原裕は単なる元先輩で、昔少し好意を持たれていただけだ。


返事をしようとした頃、祖母の病気と借金が押し寄せた。


その後藤原が醜く騒ぎ、小早川がその名を覚えた。


彼がまだ藤原を気にしているなら、どう思おうと勝手だ。


沈黙する桜庭を見て、小早川はそれを認めたと思った。


笑みがさらに嘲笑に変わった。


「俺の前では千金にも代えがたい意地を見せるくせに、藤原裕にお前がどんな辱めを受けたか忘れたのか?」


桜庭は依然として黙っていた。


しかし頭には、あの紳士的な先輩が狂乱する姿が浮かんだ。


「桜庭凛子、俺は目が曇っていた!お前は金で体を売る女だったのか!下劣だ!汚らわしい!」


小早川はそんな彼女の態度が心底嫌だった。


大声で罵ってくれる方がまだましだ。


この無関心な態度ほど腹立たしいものはなかった。


「桜庭凛子、お前のその意地、所詮その程度のものだ」


小早川は振り返らずに去った。


桜庭はしばらく呆然とし、膝から滑り落ちそうな上着に気づいた。


小早川の消えた方向を見つめ、 「上着...忘れてます...」と呟いた。


病院を出たのは23時近くだった。


外は小雨が降っていた。


桜庭は玄関でタクシーを呼ぼうとした。


近くのバー街が賑わい始め、なかなか車がつかまらない。


7、8分待ってもドライバーが現れない。


路上で流しのタクシーを拾おうとした時、黒いマイバッハがゆっくりと目の前に停まった。


人が降りるのかと思い、桜庭は一歩下がった。


助手席の窓が開いた。


「桜庭さん!」


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