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第20話

小早川青子は一瞬、反応できなかった。


顔の笑みがまだ固まっている。


アリスは手に冊子を持ち、ちょうど小早川城に見せようとしていたところだった。


まさか……


「あの男ども……仕事に夢中になると本当に加減がわからないんだから!」


青子が先に我に返り、怒りを抑えてアリスに優しく言った。


自分の息子のことはよくわかっている。


会社が大騒ぎになっても、あんな様子にはならないはずだ。


「おばさま」アリスが青子を見た。


「お祖母様がおっしゃってた凛子さん、フルネームは桜庭凛子さんですか?」


青子はぎくりとした。


「ああ……ええ、城の社長秘書補佐よ」


アリスはうなずいた。


あの日、空港に迎えに来てくれた城。


遠くからでも彼の姿はすぐにわかった。


人混みの中でひときわ背が高く、目立っていた。


でも……


彼は上の空で、何度も携帯を見ていた。


彼女が目の前に来るまで、気づかなかった。


空港を出ると、今度は会社に用事があると言って、彼女を会社に連れて行った。


アリスはその時、深く考えなかった。


城が会社に連れて行き、みんなに紹介してくれたことが、むしろ嬉しかった。


ところが会社に着いた途端、城は電話に出た。


彼女に一言もかけず、火がついたように営業部へ駆け出していった。


続けて彼女が見たのは、放心した城が怪我をした女性に駆け寄る姿だった。


周囲は騒然とし、制服姿の人間もいた。


城が声を震わせて「桜庭凛子」と叫ぶのが聞こえた。


「アリスさん、勘違いしないで!城は桜庭凛子なんて全然大したこと思ってないわ。あなたへの想いは、彼女なんかより何万倍も強いのよ!」


青子はアリスの顔色が曇ったのを見て、慌てて説明した。


「あなたと婚約してから、すぐに彼女をクビにしたんだから!」


アリスは我に返った。


そして再び優しい笑みを浮かべた。


「おばさま、わかってます。たとえ彼女がまだいても、私の手から城を奪えるなんて思いませんから」


言葉は優しいが。


青子はその中にどこか冷たい響きを感じた。


彼女は大きく胸をなでおろした。


気分は言いようなく良くなった。


アリスと息子の関係は政略結婚だと思い込んでいた。


まさかアリスに本気の想いがあるなんて!


これで事はずっと楽になる!


「安心して!」青子はアリスの手の甲をポンポンと叩いた。


「私がついてるから、誰にもあなたをいじめさせたりしないわ!」


アリスはうなずいた。


青子を抱きしめた。


城がいないので、二人とも興ざめだった。


アリスはすぐに帰った。


青子はすぐさま城に電話をかけた。


向こうは早く電話に出た。


「何だ?」城の声は冷たく硬い。


母親に対する口調ではなかった。


青子は腹の虫を抑えた。


「城、今どこ?」


「用事中だ」


「桜庭凛子のところへ行ったのか?」青子は冷笑した。


「あの娘は一枚噛んでるって前から言ってたじゃない!早乙女詩織のふりをして君のそばにいたくせに、お祖母様におべっかも使って……今になって君が家庭を持とうとしたら、本性を現したんだわ!!」


「母さん、何ふざけたこと言ってるんだ?」


城は苛立っていた。


青子が彼の前で桜庭凛子の悪口を言うのは初めてではなかった。


以前は気にも留めなかった。


しかし今日はなぜかイライラする。


「ふざけたこと?今日は君が婚約パーティをやってるのを百も承知で、わざとアリスの目の前で君を呼び出したんだわ!」


城は青子の言わんとすることがわかった。


彼は鼻で笑った。


「桜庭凛子が俺にしがみついて離れないと思ってるのか?」


「そうじゃないと何だっていうのよ!」青子の声が甲高くなった。


城は歯を食いしばった。


おそらく、彼と桜庭凛子の関係を知っている者なら皆、そう思っているのだろう。


彼女が彼から離れたいはずがない。


彼が結婚すると知れば、ありったけの手を使って奪い返そうとするに決まっている。


青子の言うことも間違ってはいなかった。


結婚を知った桜庭凛子は確かに本性を現した。


違った顔を。


もう彼を愛さず、媚びず、合わせず。


代わりに彼を嫌悪し、遠くへ逃げようとしている!


彼が与えた休みを使って、他の男と遊び回っている!


「母さん、俺なんて、あいつの目には大した価値もないんだよ」


は自嘲気味に言った。


青子は眉をひそめた。


息子の様子がおかしいと感じた。


「あの娘が君に何を吹き込んだかは知らない!小早川城、小早川グループとキャンベル家の政略結婚は小さなことじゃない。誰が邪魔をしようものなら、その者に痛い目に遭わせてやるわ!」


城は突然ブレーキを思い切り踏んだ。


タイヤが路面を擦る耳をつんざくような鋭い音がした。


後ろに車がいなくて本当に良かった。


そうでなければ確実に追突していただろう。


電話の向こうで、その音を聞いた青子が慌てた。


「城!何があったの!?」


「桜庭凛子に手を出すな!」城は一語一語、脅すような勢いで言った。


彼がこんな口調で青子に話したことは一度もなかった。


青子は昔から強気だ。


城が台頭する前、小早川グループは青子が切り盛りしていた。


母子の関係は淡白だが、表向きはうまくやっていた。


「だったら、彼女とは完全に縁を切れよ!」


青子は一歩も引かず、そう言い放つと電話を切った。


そしてすぐに別の電話をかけた。


「桜庭凛子を尾行しろ!」


「必要なら、消し去れ!」


---


桜庭凛子はホテルに荷物を置いた。


高橋修に札幌に着いたことを伝えた。


高橋の電話がすぐに追いかけてきた。


「今、佐藤健の連中と一緒か?」


「いえ、適当なことを言ってあまり絡まないようにしてるわ」


「賢い!」


高橋は明らかに安堵した息をついた。


「ちょっと調べものが入ってな、佐藤健の背後には地元の黒崎組がいるらしい。やり口は荒く、腹も黒い」


凛子は思わず眉をひそめた。


「お前は大人しくホテルにいろ。こっちは午後4時には着く」


「用事があったんじゃないの?」


「キャンセルした」高橋の向こうは少し騒がしかった


「あの連中はお前一人の女の子が相手にする相手じゃねぇ。勝手に動くな、待ってろ!」


電話が切れた。


凛子は少し面食らった。


普段はいい加減な高橋が突然まともになると、なんだか違和感があった。


凛子はノートパソコンを見た。


実はさっき、彼女も高橋の言っていた黒崎組について調べていた。


組長は黒崎竜也、50代前半。若い頃は悪事の限りを尽くし、金と人脈を築いた。


金が貯まると、地元の実業家として表の顔を持つようになった。


全盛期は、札幌の娯楽産業の半分以上を手中に収めていたという。


そう考えていると。


ドアベルが鳴った。


凛子が玄関に行くと、インターホンの画面に九条曜が映っていた。


彼女はドアを開けた。


「九条様〜、まだ食事の時間じゃないですよ〜」


その「九条様」には少しからかうような響きがあった。


九条曜は大いに気に入ったらしく、歯茎が見えるほど笑った。


しっぽがあれば今にも振り回しているところだった。


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