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第22話

「入ってろ!」


小早川城が桜庭凛子の肩をぐいと押した。


凛子はよろめきながら二歩後退した。


止めようとした時には、小早川は既に室内へ入り、ドアを「バン!」と閉めていた。


轟音に凛子の胸が震えた。


「小早川社長、お話があるなら外で!」凛子は低い声で言った。


あの豪華客船での彼の不埒な行為を思い出していた。


「外?」小早川が一歩一歩詰め寄る。


凛子は眉をひそめて後退した。


「今出て行けば、新しい男にバレるんじゃないのか?」小早川の全身から冷気が漂っていた。


「九条家の若造といつからあんなに親しくなった?背中で俺と何を企んでる?ここで二人きりで何をしていたんだ」


「小早川城、何をデタラメ言ってるの?」凛子の眉間の皺が深まった。


「九条曜とは何もない!札幌には仕事で来てるの!」


背中が壁に触れた。これ以上後退できない。


小早川の冷たい手が突然、彼女の首を締め上げた。


「お前たちがべたべたしてる写真が送られてきたんだぞ?それでも騙すつもりか?」


首にかかった手に力が込められるのを感じ、凛子は無意識にその手を払いのけようとした。


「そんなことしてない...」


「お前はずっと俺を騙していた!五年前から仮面を被って俺を欺いてたんだ!」


「小早川社長、その仮面はあなたが望んだものじゃないですか?」凛子は必死で彼の指を剥がそうとした。


「あなたが早乙女さんを演じろと言うから、私は精一杯演じて喜ばせてた。今さらそれが私の間違いだと言うんですか?」


小早川の瞳が鋭く収縮した。


確かに...昔の彼は彼女がそう振る舞う様を好んでいたのだった。


「小早川城...手を押さえつけてる、痛い...」


凛子の左手が裂けるように痛んだ。


小早川が我に返った。


無意識に力を緩めた。


凛子の左手の包帯から確かに血が滲んでいた。


小早川は彼女をソファに引っ張り座らせた。


「薬は持ってるか?」


凛子が手を引こうとすると、小早川は許さなかった。


もみ合ううちに彼女はまた痛みで顔をしかめた。


「動くなって言ってるだろ!」小早川が威圧的に命令した。


「薬なんて要らない、もう治りかけなんだから」凛子は腹立たしげに言った。


小早川は彼女を睨みつけ、目にはまだ怒りの火種がくすぶっていた。


「さっき写真って言ったわね?どんな写真よ?」凛子が低い声で尋ねた。


小早川の凶暴な気配が再び燃え上がった。


彼は携帯を操作しアルバムを開いた。


「自分で見ろよ!俺がお前をでっち上げると思うか?」


凛子は無表情で一枚一枚めくり、見れば見るほど顔を曇らせた。


「私を監視させてたの?」凛子が小早川を睨んだ。


「そんな暇はない、知らない奴が送ってきたんだ」小早川はイライラしながら携帯を投げ捨て、鬼のような形相で凛子を見据えた。


「全部錯覚よ!空港の駐車場に監視カメラがないわけないでしょう?小早川社長なら簡単に全映像を確認できるはずじゃないの?」凛子の声は冷たかった。


「錯覚?」小早川はその可能性を全く考えていなかった。


「そうよ」凛子は呆れて笑った。


「そんなに多くの角度から撮られてて、九条くんと本当にキスしてる写真が一枚でもある?」


小早川が考えてみると、確かに一枚もなかった。


「調べてちょうだい、私は休むわ」凛子が立ち上がろうとした。


小早川は乱暴に彼女を座らせた。


「何するのよ?」凛子のイライラも頂点に達していた。


「誰がお前を出張させた?どうして俺に言わなかった?」小早川が尋ねた。


凛子は彼を見た。


「私が担当したプロジェクトの問題を処理しに来たの。なぜあなたに報告しなきゃいけないの?報告する義務なんてある?小早川社長、私はもうあなたの秘書じゃないのよ」


小早川は返答しなかった。


「じゃあ九条曜は?なぜあいつがここにいる?」


「あなたに関係ある?」凛子はますます煩わしさを募らせた。


小早川社長、一体どうしたんです?私たちは清算済みじゃない?いつまでも絡んでると、あなたが私に未練があるって誤解しちゃうわよ?


「何寝ぼけたこと言ってる!」


小早川の反応は激烈だった。


彼は凛子の顎をぎゅっと掴んだ。


「桜庭凛子、俺が結婚したらお前は出て行くって約束だったが、俺はまだ結婚してない!この関係はまだ終わらせない!」


凛子は呆然と彼を見つめた。


雷に打たれたようだった。


「小早川城、自分の言ってることが人間の言葉か分かってる?」彼女の目は徐々に冷たくなった。


「この五年間、私はあなたに全てを捧げてきた。私をそこまで嫌うなら、これ以上人を踏み躙らないで。あなたに心はあるの?」


凛子がこんな目で小早川を見たことは一度もなかった。


小早川は一瞬戸惑った。


「それとも、金を払ったんだから物は永遠に自分のものだと思ってるの?」凛子は興奮して声を荒げた。


「じゃあ全て返すから、私を解放してくれますか?」


「そんなこと許さない!」


小早川は理由もない不安に襲われた。


自分でも何に慌てているのか分からなかった。


本能的な拒絶だった。


「小早川城!」


凛子が鋭く叫んだ。


胃が突然激しく攣った。


彼を押しのけ浴室へ駆け込み、ドアをロックすると便器に突っ伏して吐いた。


吐き終わると全身がぐったりした。


床に座り込み、そっとお腹をさする。


彼女は理解した。この子は父親を嫌っているらしい。


激しく反応するのは、いつも小早川がいる時だった。


浴室外。


小早川は一瞬呆然とした。


浴室へ向かおうと立ち上がった。


誤って凛子のバッグを蹴ってしまった。


バッグの口が開き、中身が散らばった。


小早川は最初に小分けの薬ケースに目を留めた。


拾おうとした時、

真っ赤な文字のA4用紙が視界に飛び込んできた。


小早川がそれを拾い上げた。


一言一句読み終えた。


顔が再び氷のように冷たくなった。


そこに書かれていたのは二つの意味だけだった――誰かが桜庭凛子の命を狙っているということ。


彼氏ちゃん。


凛子はしばらくして浴室から出てきた。


バッグがひっくり返され中身が散らばっているのを見て、心臓が跳んだ。


あの薬は...


急いで近づき、慌てて物を掴みバッグに押し込んだ。


「これは何だ?」


小早川が紙を差し出した。


「命を狙っているという警告よ」凛子はバッグを手に寝室へ向かった。


小早川も後に続いた。


問い詰める間もなく、凛子は疲れたように言った。


「小早川社長、この件は高橋常務が把握してます。彼に聞いてください。本当に気分が悪いの。休ませて!」


吐いたばかりで、

凛子の顔は青白く、目尻が赤くなっていた。


小早川は「彼氏ちゃん」に腹を立てながらも、怒りを爆発させる気力もなかった。


凛子は彼を無視した。


上着を脱ぎ、布団をかぶって丸くなった。


しばらくすると、

後ろのマットレスが沈んだ。


慣れ親しんだ気配が瞬時に彼女を包んだ。


小早川が背後から抱きしめ、全ての暴力性は跡形もなく消えていた。

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