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第27話

特別病室は広く明るく、窓際にはソファセットが置かれていた。


城はそこに座り、溜まった仕事を処理している。


窓の外では秋の雨がしとしと降り、青子とジョイスが相次いで去り、病室には城とアリスだけが残った。


「城さん、退屈なら先に帰ってくれて大丈夫よ」アリスが優しく言った。


「構わず休んでろ」城は顔も上げずに答えた。


仕事を終えると、彼は無意識に凛子のLINEを開いた。


以前、出張のたびに無事到着したかといつも凛子がメッセージをくれていた。


しかし今回は、チャットボックスは静まり返っていた。


胸にじんわりとした痛みを覚え、城は凛子のLINEタイムラインに移った。


背景写真はふわふわの子猫で、見覚えがない。


いつ猫を飼い始めたんだ?


最新投稿は三時間前、札幌の秋深まる街並みに「幸せニャンコ」のキャプション。


社長室の連中がこぞってコメントしていた。


「桜庭さーん、ぎゅー!会いたい!」


凛子:「ぎゅー♪」


「美人姉ちゃんの自撮り見たい!」


凛子:「個チャでね~」


城の表情が曇った。


凛子が自撮りを送ってくれたことは一度もない。


さらにスクロールすると「来世は桜庭さんの子猫になりたい!」というコメントも。


凛子は猫のスタンプで返信していた。


城は無表情で「いいね」を押し、さらに下へ進んだ。


次の投稿は三ヶ月前のもの。


小さなケーキの写真に「また一歳大きくなった」の文字。


凛子の誕生日が八月だったことはうっすら覚えていたが、正確な日付は……思い出せない。


毎年小切手を渡し、好きなものを買わせていた。


その貧乏臭いケーキ写真を見て、理由もなく苛立ちが湧いた。


さらに下へ。


四月末の投稿は9枚の写真:灰色の空、小さな売店、石畳の道、バラの茂み、路地、小さな腰掛け、老人と子供の繋いだ手、そして家族写真。


老夫婦と凛子に似た女性、おさげ髪の可愛らしい少女。


キャプションはたった一言:「懐かしい」


城は眉をひそめた。


今年のこの時期、凛子は祖母のもとにいたはずだ。


つまり……祖母のもとを離れて東京に戻るのが辛かったのか?


コメント欄を開くと、意外にもこの投稿には誰の「いいね」もコメントもなかった。


考え込んでいると、アリスがふっと弱々しい声を上げた。


城が顔を上げると、彼女はベッドから降りようとしていた。


「どうした?」城はスマホをしまいながら近づいた。


「喉が渇いて、水を飲みたくて……」アリスはきょろきょろしながら立っていた。


「横になってろ、俺がやる」城はコップに水を注いで渡した。


「城さん、桜庭さんのこと、話してもらえる?」アリスはコップを受け取ると、ためらいながら言った。

城の表情が一瞬で険しくなった。


「誤解しないで、悪意はないの」アリスは慌てて説明した。

「あの日、あなたがあの子を心配している様子、見てたわ」

「凛子は俺にとって大切だ」城は率直に言った。「結婚後はお互い干渉しない、だから——」


「結婚後も彼女と続けるつもり?」アリスが言葉を継いだ。


「ああ」


「ずいぶん率直なのね」アリスは微笑んだ。

城は肯定も否定もしなかった。


「わかったわ」アリスはうなずいた。


「事前に話せてよかった。結婚後はお互い自由に生きましょ。ただし親族やメディアの前では仲良く夫婦を演じる——問題ないわね?」


「ああ」


「婚約式は早めに済ませましょう、さっさと終わらせて」


「わかった」


アリスが水を飲んで横になると、城の気分は晴れやかになった。


話がついてほっとした。


「用が終わり次第、すぐ戻れ」

ソファに戻ると、彼は急いで凛子にメッセージを送った。


もう深夜一時。


即レスは期待していなかったが、改めて凛子のLINEを開くと、タイムラインが「3日間限定公開」に変わっていた。


何があったの?


事の発端は城の「いいね」だった。


社長室の夜更かし組は社長不在をいいことに、深夜までバーに集まっていた。


誰かがタイムラインを閲覧中、城が凛子の投稿に「いいね」しているのを発見し、慌てて電話した。


「桜庭さん!小早川様があなたの投稿に『いいね』してますよ!ブロックしてなかったんですか?」


眠っていた凛子は一瞬目を覚まし、電話を切るとすぐに公開範囲を変更した。


しばらくして、城のメッセージが届いた。


凛子は画面を見つめ、城だけに公開したあの投稿を開いた。


静まり返った夜、抑え続けた想いがじわりと広がる。


あの日は祖母の火葬の日だった。


途方もない無力感と不安が凛子を飲み込み、溺れる者のように必死に藁にもすがろうとしていた。


だからこの投稿をした。


これは凛子が五年ぶりに、自らの本心を露わにした唯一の瞬間だった。


凛子は一昼夜待った。


祖母が納骨されるまで。


結局、何も届かなくてよかった。


その瞬間、完全に覚めた。


まさか半年経った今、城が深夜にこの投稿を見るとは。


しかし色が知る由もない——あの一言の「懐かしい」が彼へのメッセージだったことを。

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