LINEのタイムラインを閉じた途端、城から「?」が届いた。
凛子は相手にする気もなかったが、向こうが直接電話をかけてくる。
切りたかったが、考え直した。
どうせすぐにここを離れるのだから、当座は適当に対応しよう。
「小早川様、今何時か分かってます?」
「なんで投稿を三日間しか表示しないんだ?」
「好きだからよ」凛子は寝返りを打った。
「用がなければ切るわ。眠いの」
「眠いのにわざわざ設定を変える余裕があるのか?」
「ええ」かすかに応えた。
その微かな吐息が猫の尾で心臓を撫でられたように、城の喉仏が微かに動いた。
「カンベルさんは無事だ。心配いらない」
「よかった…じゃなきゃ私の罪が重くなる」朦朧とした声で呟いた。
「何を馬鹿なこと言う?お前に何の罪がある?」と城が眉をひそめる。
電話の向こうで呼吸が次第に整う。
凛子の息遣いを聴きながら、ここ数日苛立っていた心が妙に落ち着くのを感じた。
迷子が、ようやく帰る道を見つけたかのように。
翌朝、目を覚ました凛子は通話が一晩中続いていたことに気づいた。
最初に思ったのは、充電しておいてよかったという安堵。
次に浮かんだのは――城は頭がおかしいんじゃないか?
「起きたか?」電話の向こうから城の声がした。
凛子が口を開こうとしたその時、優しい女の声が聞こえた。
「城、朝ごはん何がいい?」と。
凛子の全身が瞬時に硬直し、勢いよく電話を切り、素早く城をブロックした。
一連の手慣れた動作を終え、スマホを抱えながらただただ呆気にとられた。
あの男、最低なだけじゃなくてそんな趣味があったのか?
昨夜、自分と話しながら同時にカンベルと…
胃が逆流し、凛子は浴室に駆け込んで吐き気をこらえた。
吐き終えてスマホを見ると、城からLINEが三本。
「ブロック?」
「すぐに解除しろ」
「凛子、図々しいぞ!」
仕事を考えなければ、LINEごとブロックしたかった。
ホテルの軒先。
黒のビジネスカーに乗った修が派手なスーツ姿で手を振った。
「凛子さん、おはよう」
「おはよう」無表情で乗り込む。
修は察してアイマスクをし、凛子はメールの処理に集中した。
現場の入り口で、健が満面の笑みを浮かべて出迎えた。
「わざわざお二人にお越しいただかなくても…ここは雑然として危険ですよ!」
「問題が起きた以上、見に来るのは当然でしょう」凛子の口調は淡々としていた。
「村人たちがお二人に迷惑をかけるのが心配で…」と健は作り笑いをした。
「衝突が起きたら困るのは向こうも同じだ」ポケットに手を突っ込みながら修が笑った。
「え?」
「金なら話はできる。だが人を傷つけたら――」修は目を細めた。
「池田寛太は手錠のプレゼントもセットで渡すことになるな」
健の笑みがこわばった。
「このやろう!先祖の墓に手を出すとは、ぶっ殺してやる!」会議室では十数人の村人が机を叩いて立ち上がった。
先頭の男が襲いかかろうとしたが、健が慌てて制止し、必死に目配せした。
手を出すんじゃないって約束だろ!
「先祖の墓を避けるのはいいですけど」ところが凛子は平然と着席した。
「そ、それだとどれだけコストが増えると思ってるんです!?」と健らは呆然とした。
「心配しないで」凛子は微笑んて、続けた。
「損失を貴方たちが負担するなら、すぐに設計変更いたします」と。
修は思わず吹き出しそうになった。
ゆすりを仕掛けるつもりが、逆に一手を打たれた村人たち。
「このアマが俺たちを舐めてる!賠償金はお前たちが出すべきだ!」村人の一人が焦りのあまり本音を漏らした。
健の顔が真っ青になった――計画が完全に狂った!
「土地は我々が合法で落札しました」凛子はゆっくりと述べた。
「人道的見地から先祖の墓には手を付けない。その代わり損失を負担して土地を買い戻す――至極公平だと思います」
「まさか、我々に金を出させて貴方たちの孝行を代行させようってんじゃないでしょうね?」と凛子は微笑んで続けた。