会議室は水を打ったように静まり返っていた。
「君の言うことは、もっともだ」
凛子の言葉が終わると、修は俯いて軽く笑った。
「何のつもりだ?話し合う気はないのか?」村人の代表が机を叩きながら立ち上がった。
「落ち着け!皆、落ち着いてくれ!」と健があわてて仲裁に入った。
健は凛子に向き直って、「凛子さん、これは長い目で考えるべき問題だ。感情的になっては工期が遅れるだけだ!」と言った。
「感情的?」凛子は首をかしげた。「私のどこが間違っているというの?」
健の笑みが固まった。
「高橋さん、これは……」
女に押され気味のままではたまらないと、彼は修を頼るように見た。
「凛子さんは社長の代理だ。彼女の言葉は社長の意思そのものだ」
修は肩をすくめた。
健は黙り込んだ。
凛子は落ち着き払って座り、まるで茶番劇でも見ているようだった。
「皆さん、この桜庭さんがすべての決定権を持っている。要求があれば遠慮なくどうぞ!」と健は歯を食いしばり、村人たちの方へ向き直った。
「一千万円くれりゃ、墓を移す!」村人たちは目配せし、代表が人差し指と中指を立てた。
「一千万?」修が眉をひそめた。
「移転は村の風水に影響する。これは命の代償だ!」村人は居直った。
凛子は冷ややかな顔をしながら高みの見物気分で、騒がせておいた。
修は凛子に既に対処法があると察し、座り直して成り行きを見守る。
「高橋さん、凛子さん、結局どうすればいいか、教えてよ!」
騒ぎ声が収まると、健は焦った。
「もう少し待って」凛子が微笑んだ。
その笑顔に健の心が揺らぎ、妄想にふけろうとした時、突然携帯が鳴った。
「どうぞ」凛子が静かに促す。
「あなた!車が誰かに壊されてる!康太もどこにもいない!」受話器から泣き叫ぶ声が聞こえた。
「なに!?」健が跳ね起き、ハッと我に返って凛子を睨んだ。
「お前の仕業か?」
「佐藤さん、これで本気で話し合えますか?」凛子のほほえみが深くなった。
「俺たち仕事パートナだろうが!家族を巻き込むとは!」健は電話を切り、顔を歪めた。
「さて?」凛子が首をかしげる。
「君の車を壊したのは俺じゃない!人を間違えてる!」健が怒鳴った。
修が眉を上げた。
「あら?車が壊されたこと、私は誰にも言ってませんよ、佐藤さん?」凛子は軽く笑った。
健の背筋が凍った。
「まさか私達がカネを送りに来たと思ってるんじゃないでしょうね?」凛子の声が急に冷たくなる。
健は脂汗をかき、村人たちを手で追い払った。
「竜也に脅されたんだ!息子を人質に…!」会議室に三人だけになると、健はぐったりと座り込んだ。
「竜也?」修が問う。
「そうだ!墓なんて元から偽物だ!カネをゆすろうとしてる!」健は声を詰まらせた。「一千万円まで下げさせようとしたが…」
「そう?」凛子が机を軽く叩く。「では竜也本人に聞いてみましょう」
健は内心で嘲笑った。
この女、本当に自分を何かと思ってるのか?
その時、ドアがばたんと開いた。
「佐藤さん!黒崎様が何かあったようです!」健の部下が部屋に入って健に言った。