「今、誰の話をした?」健一は一瞬理解できず、聞き間違いかと思った。
「竜也の悪事がネットで暴露されたんです!殺人に放火、何でもありで!もう警察が手配中です!」駆け込んできた男は震えながら叫んだ。「佐藤さん、俺たちのことを自白しやしないか…」
言葉が終わらぬうち、健が足蹴りを浴びせた。
男はようやく会議室に他人がいることに気づき、慌てて口を押さえた。
「佐藤さん、芝居はそろそろ終わりにしませんか?」凛子の声は冷たかった。
健が振り返ると、額に玉のような汗が浮かんでいた。
竜也が今このタイミングで…まさか…
「凛子さん、これも貴女の仕組んだことか?」声は震えている。
「さあね?因果応報ってやつでしょう」凛子は肩をすくめた。
「ちょうどいいわ。竜也に直接聞いてみたかったのよ、佐藤さんが言うように彼に脅されてたって本当なのかって」健を見据えながら付け加えた。
健はその場に立ち尽くし、背筋が凍りついた。
竜也のやったことは痛いほどわかっている。
捕まれば確実に死刑だ。
そして自分は…
「凛子さん、息子はまだ七歳です!あの子は何も悪くない!」健は歯を食いしばった。「息子を解放してくれ!すぐに警察に自白する!」
「急ぐことはありませんわ」凛子は腰を下ろすよう促し、紙とペンを押し出した。
「まずは裏切り者の名前を漏らさずここに書いて頂戴」凛子の口調は優しくきこえていた。「祖父が言ってたわ。裏切り者は群れをなして現れるもので、単独では現れない」
「自分が関わったことしか…」健は言葉に詰まった。
パン!と凛子がペンを机に叩きつけた。
空気が一瞬で張り詰める。
「高橋さん」突然、凛子が修に向き直って、「ご家庭に七、八歳ぐらいのお子様はいらっしゃいます?」と聞いた。
「は、はい…甥が二人」
凛子を見つめていた修は不意を突かれ、視線が合った拍子に心臓が跳んだ。
「この歳の子って本当に脆いのよね」凛子はかすかにため息を漏らした。「水を飲むだけでむせて死ぬこともあるし」
「桜庭!」健が激しく立ち上がった。「俺の息子に手を出すな!」
「高橋さんと世間話してるだけですよ?佐藤さん、どうしてそんなに緊張しているんですか?」凛子は無邪気な表情を浮かべた。
「この悪女め!」健の顔が歪んだ。「息子に何かあれば、死んでも許さないぞ!」
凛子は椅子にもたれ、静かに健を見つめた。
「書くよ!だが息子の安全は保証しろ!」健はその視線に居たたまれなくなり、ついに折れた。
「佐藤さん、お冗談を」凛子は時計を一瞥した。「ご子息が行方不明だなんて、私も心配ですわ。早く書き終えれば、探すお手伝いもできますし」
健のペンを握る手が震え、最初の一筆で紙を破ってしまった。
名前を一つ一つ書き連ね、それぞれの罪状を詳細に記入する。
傍らで見ていた修は呆然とした。
何ヶ月もかかると思っていた粛清が、凛子の手で何日だけ根本から粛清しようとしている!
「知ってることは…全部書いた」四枚の紙を書き終えた健は、魂を抜かれたようだった。
「ご苦労様」凛子は朱肉を取り出した。「では捺印を」
健は全身を震わせながらも、従うしかなかった。
最後の指印を押し終えた瞬間、携帯が鳴った。
「康太が見つかった!交番に保護されてる!」電話の向こうで、妻は泣きじゃくりながら叫んだ。
「桜庭さん…見事な手口だな!」電話を切った健は、凛子を睨みつけた。
健の息子は自分で迷子になっただけで、凛子とは一切関係なかったのだ!