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第30話

「今、誰の話をした?」健一は一瞬理解できず、聞き間違いかと思った。


「竜也の悪事がネットで暴露されたんです!殺人に放火、何でもありで!もう警察が手配中です!」駆け込んできた男は震えながら叫んだ。「佐藤さん、俺たちのことを自白しやしないか…」


言葉が終わらぬうち、健が足蹴りを浴びせた。


男はようやく会議室に他人がいることに気づき、慌てて口を押さえた。


「佐藤さん、芝居はそろそろ終わりにしませんか?」凛子の声は冷たかった。


健が振り返ると、額に玉のような汗が浮かんでいた。


竜也が今このタイミングで…まさか…


「凛子さん、これも貴女の仕組んだことか?」声は震えている。


「さあね?因果応報ってやつでしょう」凛子は肩をすくめた。


「ちょうどいいわ。竜也に直接聞いてみたかったのよ、佐藤さんが言うように彼に脅されてたって本当なのかって」健を見据えながら付け加えた。

健はその場に立ち尽くし、背筋が凍りついた。


竜也のやったことは痛いほどわかっている。


捕まれば確実に死刑だ。


そして自分は…


「凛子さん、息子はまだ七歳です!あの子は何も悪くない!」健は歯を食いしばった。「息子を解放してくれ!すぐに警察に自白する!」


「急ぐことはありませんわ」凛子は腰を下ろすよう促し、紙とペンを押し出した。


「まずは裏切り者の名前を漏らさずここに書いて頂戴」凛子の口調は優しくきこえていた。「祖父が言ってたわ。裏切り者は群れをなして現れるもので、単独では現れない」


「自分が関わったことしか…」健は言葉に詰まった。

パン!と凛子がペンを机に叩きつけた。


空気が一瞬で張り詰める。

「高橋さん」突然、凛子が修に向き直って、「ご家庭に七、八歳ぐらいのお子様はいらっしゃいます?」と聞いた。


「は、はい…甥が二人」

凛子を見つめていた修は不意を突かれ、視線が合った拍子に心臓が跳んだ。


「この歳の子って本当に脆いのよね」凛子はかすかにため息を漏らした。「水を飲むだけでむせて死ぬこともあるし」


「桜庭!」健が激しく立ち上がった。「俺の息子に手を出すな!」


「高橋さんと世間話してるだけですよ?佐藤さん、どうしてそんなに緊張しているんですか?」凛子は無邪気な表情を浮かべた。


「この悪女め!」健の顔が歪んだ。「息子に何かあれば、死んでも許さないぞ!」


凛子は椅子にもたれ、静かに健を見つめた。


「書くよ!だが息子の安全は保証しろ!」健はその視線に居たたまれなくなり、ついに折れた。


「佐藤さん、お冗談を」凛子は時計を一瞥した。「ご子息が行方不明だなんて、私も心配ですわ。早く書き終えれば、探すお手伝いもできますし」


健のペンを握る手が震え、最初の一筆で紙を破ってしまった。


名前を一つ一つ書き連ね、それぞれの罪状を詳細に記入する。


傍らで見ていた修は呆然とした。


何ヶ月もかかると思っていた粛清が、凛子の手で何日だけ根本から粛清しようとしている!


「知ってることは…全部書いた」四枚の紙を書き終えた健は、魂を抜かれたようだった。


「ご苦労様」凛子は朱肉を取り出した。「では捺印を」


健は全身を震わせながらも、従うしかなかった。


最後の指印を押し終えた瞬間、携帯が鳴った。


「康太が見つかった!交番に保護されてる!」電話の向こうで、妻は泣きじゃくりながら叫んだ。


「桜庭さん…見事な手口だな!」電話を切った健は、凛子を睨みつけた。


健の息子は自分で迷子になっただけで、凛子とは一切関係なかったのだ!

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