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第32話

凛子のやり口は見事だった。


まず健を見せしめに処分し、関係者に警告する。


一同が右往左往しているところに、巧みに和解の糸口を投げ、自発的な返金へと導いた。


修は思わず拍手したくなるのを堪えた。


騒動の末、帳簿上では約三千万円が回収された。

会議室は水を打ったように静まり返り、全員が凛子の次の動きを伺っている。

大半は健の自供通りの金額を返したが――健が全員の内情を把握できるはずがない。


「みなさん、金額に間違いはないと?」凛子はしばし沈黙し、ゆっくりと顔を上げた。


瞬く間に視線が泳ぎ始める者が出た。


不正をしていない者たちは大声で同意した。


凛子はペンをくるりと回しながら、「よく考えてください。もし隠し金が発覚したら……今のような優しい対応はできませんよ」


「七、七千数百万円ほど計算漏れが……この分は私の帳簿を通しておりませんで……」


「帳簿通さずに横領とは、かなりの度胸ですね」

凛子は薄笑いを浮かべた。


男の顔が一気に紅潮し、慌てて借用書を追加した。


続いて三四人が青ざめた顔で再提出する羽目に。


いずれも少額ではない。


最終的な回収総額は1億五千万円に達した。


「桜庭さん、我々の仕事は……」池田寛太が小声で問う。


彼も千万円超の借用書を提出した。


仕事まで失ったら……


「先ほども言った通り、健に唆されただけです。能力は認めています」鞭の後は飴だ。


「引き続き現職で、小早川様には解雇しないよう取り計らいます。ただし今後は細心の注意を」


「桜庭秘書は美人で器もある!」池田が即座に媚びた。


「皆同じ会社の身です。今後もお願いします」

凛子は淡く微笑んだ。


会議が終わると、痛手を負ったはずの面々は安堵の笑みで退出していった。


健への罵声がちらほら聞こえる。


「クソ野郎!自分だけ死んで、巻き込むな!」

「俺の借用書にはあいつの遊興費まで含まれてやがる!」

「出所したら生皮剥いてやる!」


「高橋さん、今後の回収はお願いします」凛子は整然と書類をまとめ、頬杖をついて彼女を見つめていた修に手渡した。


「本当に小早川様に彼らへの寛大処理を願い出るか?」


「そんなことしないよ。結果さえ出せば、小早川様は細部にはこだわらない」凛子はパソコンを閉じた。


「ではさっきのは『鞭に飴』とは?」修が笑った。


「高橋さんが四字熟語を?」凛子が横目で見る。


「コロンビア大出身です」修は背筋を伸ばした。


「これで許すんですか?」


「他に?プロジェクトは既に1ヶ月遅れています」


「ただし核心業務は人員交代を。健の自供書も証拠として保管を。次同じようなことをする者がいれば、即逮捕です」


凛子は決して帳消しにすると言っていない。


刃は彼らの頭上に永遠に吊るされたままだ。


「食堂に行きませんか?」修がいきなり微笑んで聞いた。


「???」


なぜ食堂でテンションが上がる?


無邪気なキャラを演じている?


パソコンケースを持ち上げた瞬間、修がさっと受け取った。


「手の怪我、無理しないで」


凛子は一瞥し、進んで苦労を買って出る者がいれば悪くない。


昼光が雲間から差し込む。


凛子は日差しを浴びながら歩き、気分が少し晴れた。


二人が見えなくなると、裏路地から村人が現れ、唾を吐いた。


「クソ女、手が込みやがって!」


彼は携帯を取り出し、「黒崎組長は無事か?健は女にやられた!組長の件もあいつの仕業だ!」


******


食堂では好奇の視線が凛子を包んだ。


「どこの嫁さんだ?肌が白くて……」


「スタイルも最高だな」


「あんな女と一晩でも……」


「バカ野郎!あれが社長秘書だ!健をぶち込んだ張本人だぞ!」


「女が一人で?マジかよ」


「社長秘書ってことは、つまり社長の夜の相手ってことか?へへ...」


嫌悪に満ちた視線がまとわりつく。


凛子は作業員の食事確認に来たはずが、食欲を失い箸を置いた。


修が彼女を見て、突然声を張り上げた。


「桜庭秘書!今回の件はあなたの機転がなかったら、俺じゃ健らの不正を見抜けませんでした!小早川様に顔向けできませんよ!」と。


その声は食堂の半分に届くほど大きく、周囲の視線が一変する。


「東京に戻ったら絶対ごちそうしますからね!」


凛子はぽかんとし、ふと俯いて笑った。


まぁー、高橋家の御曹司、本当に小学生みたい。


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