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第33話

修がどんな思惑で動いたにせよ、凛子は心から感謝した。


これまで城の秘書としてどれほど尽力しても、自分の功績は常に上司のものとされてきた。


声を上げてくれる人間など、ほとんどいなかったのだ。


修は珍しく心地よい気分だった。


クール系の美人と言われる凛子の心からの笑顔を見られて、社員食堂の料理さえも美味しく感じられた。


昼食後、凛子は帰宅の準備を始めた。


「プロジェクトの問題はほぼ解決しました。今後の手続きは高橋さんにお任せします」


凛子は再び公務モードに戻っている。


「東京に直行か?」修が尋ねた。


「今夜の便で」


修は口元をほころばせていたが、心のどこかで漠然とした不快感が広がっていた。


なぜそんなに急ぐ?


誰かに会うためか?


「桜庭秘書、昨日の忠告は心に留めておいてほしい」修は思わず口を滑らせた。


凛子は修を一瞥すると、説明するのも面倒くさそうにした。


彼が城に話すかもしれない。


そうなれば、城から逃すための計画が台無しだ。


「ええ」


適当に返事をすると、車のドアに手を伸ばした。


修は先回りしてドアを開けた。


「東京で食事をご馳走すると約束したのは本気だ」ドアを押さえながら、真剣な表情で言った。


「お気遣いなく。私は仕事をしたまでです」凛子は一呼吸置いて続けた。「小早川様に私と高橋さんが個人な付き合いがあるると知れたら、ご不満でしょう」

修の手が宙に止まった。


凛子はドアを閉め、社用車はさっさと走り去った。


修は立ち尽くし、舞い上がった埃を手で払いのけた。


しばらくして、城から電話がかかってきた。


「そちらは解決したようだな?」城が聞いた。


受話器の向こうでかすかに青子の声が聞こえる。


「メディアには連絡済みです。明日に正式発表します」修の答えは答えにならなかった。


「婚約の発表をそんなに急ぐのか?」


「はい。アリスとも合意済みで、手続きを急ぐつもりです」城の口調は平坦だった。


「凛子は?」


修は黙り込んだ。


「修?」城は電波が悪いと思ったらしい。


「城、凛子のことは見逃してやれよ」修の声は重かった。


電話の向こうが突然静まり返った。


「凛子は言ってた。母親は父親に浮気だれて亡くなった、自分は同じ過ちは繰り返さないって。婚約を決めた以上、手放すべきだ」修は思い切って言葉を続けた。


「修」城の冷たい声が遮った。「それ、越権行為だぞ」


修の背筋が凍った。


「そこまで知りたがるなら教えてやる。凛子は俺の女だ。昔も、今も、これからもずっとな」と城は続けた。


「彼女を追い詰める気か?」


「傷つけはしないから。これからもっと大事にしてやる」


「そうか…」


「いい加減にしろ」城は嘲笑した。


「そこまで執着するなら疑いたくなるぜ。お前、凛子に気があるんじゃないのか?」


「馬鹿言うな。ただかわいそうと思っただけだ…」と修は一瞬固まり、反射的に否定した。


「かわいそう?」城は笑い話を聞かされたような口調だった。「済的に恵まれた生活をさせてやった上、これからもっと与えるつもりだ。どこがかわいそうなんだ?」


「もういい」修は境界線を越えたことに気づき、プロジェクトの進捗を報告した。


「桜庭秘書の能力は、我々の想像をはるかに超えています」最後にそう付け加えた。


城も意外そうだった。


凛子が単独で闇のトラブルを処理し、一部の資金まで回収できたとは。


「城、どうしても手放せないなら、せめて彼女の能力を眠らせないでくれ」電話を切る直前、修は逡巡して言った。


「承知している」


電話は切れた。


修は深く息を吐き、振り返って眩しい太陽を見上げると、凛子が俯きながら微笑む姿が脳裏に浮かんだ。


「修!しっかりしろ!」額を叩きながら呟いた。


運転手にホテルまで送られた凛子は、私用携帯に切り替え、いくつかの番号に電話をかけた。


城の側にいる間に築いたのは富だけでなく、人脈もあった。


善行を積むよう教えてくれた祖母のおかげで、多くの友人を得ていた。


天才ハッカーの神楽隼人もその一人だ。


倍栄キャピタルの公式サイトハッキング事件の際に知り合った。


隼人も自分と境遇が似ており、幼くして両親を亡くし祖父に育てられた。


祖父の治療費のためにハッキング技術を悪用し、最終的に逮捕された。


凛子は自腹で隼人の祖父の手術費用を払い、会社を代表して示談書を提出した。


隼人は釈放後、凛子を姉のように慕うようになった。


橋本芽衣もそうだ。


かつて凛子の祖母の介護をしたことがある豪快で心優しい女性で、若い頃に男性に騙されて全財産を失ったことがあった。


凛子は彼女の金の一部を取り戻し、詐欺師を刑務所送りにした。


芽衣は事業を立て直した後、各地に人脈を築いていた。


今日、車を破壊したのは芽衣の手配によるものだった。


道路監視カメラの処理は隼人が担当した。


凛子は順番に連絡を取った。


「凛子さん、じいちゃんがしきりに会いたがってるよ!落ち着いたら家にご飯食べに来てくれって!」隼人は興奮気味に言った。


「仕事の引き継ぎが終わったら必ず食べに行くから」

凛子は笑って応じた。


「じゃあついでに保護者会も頼むね!」隼人は笑いながら言った。

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