しばらくしてたどり着いたのは、街外れにある屋敷。
侯爵家は領地内にいくつか屋敷を持っている。今回到着したのは、王都に行く際、宿泊するために建てられた屋敷のひとつ。
ここから数日かけ、宿泊専用の屋敷を渡り歩いて領地の屋敷へと行くのだけれど……今回私はお祖父様に「ここにいて欲しい」と声をかけていたの。
馬車から降りると、私の名前を呼ぶ声が聞こえる。お祖父様だ。
「お祖父様、この度は――」
「シンディ、今は挨拶などせんでいい。馬車の旅で疲れただろう? 一旦屋敷内で休憩しておいで」
「お祖父様……」
お祖父様は私の頭を撫でてから、使用人に指示を出す。私はお言葉に甘えて、ゆっくり湯浴みをさせてもらった。
全て終えた私は、執事に案内されて遊技場へと足を運んだ。
そこではお祖母様はひとり窓辺で刺繍を施していた。その横でお祖父様とニコラス様がボードゲームで遊んでいる。盤面を見る限り、お祖父様が優勢ではあるけれど……。
お祖父様は頭を抱えて盤面とニコラス様を交互に見ていた。そしてひとつため息をつくと、降参を告げる。
「盤面を見ると儂が優勢なのだが……動かす手がひとつしか取れない時点で負けじゃな。いやはや、やはりシンディの婿にはお主が相応しいのぅ……」
「そう言っていただけると、私も嬉しいですね」
「まあ、ちょーっと腹黒いところはどうにかならんか?」
お茶目な表情でそう告げるお祖父様。あれは完全に楽しんでいるだけだろう。そんなお祖父様に、私は笑いながら声をかけた。
「お祖父様、そんなニコラス様も私は大好きなのですよ」
「おお、シンディ。疲れは取れたかね? いやはや、仲睦まじくていい事じゃ」
お祖父様は使用人に片付けを命じてから、ソファーへと座る。お祖父様の対面にはニコラス様、私は席の端に腰を下ろす。お祖母様は刺繍を止めてこちらを見ているので、あの場所で話を聞くようだ。
私は場が落ち着くと、すぐに立ち上がって頭を下げた。
「この度はご協力いただき、誠にありがとうございました」
その言葉にお祖父様、お祖母様は優しく微笑み、ニコラス様は眉間に皺を寄せている。
「私にも教えてくれれば良かったのに」
どうやら、私が立てた計画をニコラス様に伝えていなかったために、少し拗ねているようだ。
「ニコラス様、これは私の家の問題でしたから、どうしても私が解決したかったのですよ」
「ふふ、まあ、ディーならそう言うと思ったよ。でも次からは私も加わってもいいだろう?」
「勿論です」
この問題が片付いたら、ニコラス様は家族になるのですから。
「じゃが、よくあそこまで調べたのう。まさか愛人が子爵家の持つタウンハウスのひとつに住んでるとは思わなんだ」
「子爵家では暗黙の了解だったようですわ。あの男血縁上の父と愛人は母との結婚前よりずっと繋がっていたようですね。愛人は『いつか侯爵夫人にさせてやる』というあの男の言葉を信じていたようです」
「はぁ……、あのバカモンは……」
頭を抱えるお祖父様を見て、ニコラス様が肩を竦める。
「シンディの父なのかと本当に思うほど、あの男は愚かですね。異母妹の色仕掛けで私を味方につけようとしたようですが……あの礼儀もなっていない醜悪娘に誰が惹かれるんでしょう」
「本当じゃなぁ……親の贔屓目じゃろうなぁ。シンディから『一芝居打ちたい』と頼まれたから、儂等はここに留まっているが……完全にあやつは儂等が領地に帰っていると思っているんじゃろうなぁ。『領地で緊急案件が起きた』という話なんぞ、嘘だと分かりそうなものなんじゃがなぁ」
頭を掻くお祖父様。その後ろから気高い声が聞こえた。
「あの男は思慮という言葉をご存じないのでしょうから、仕方がありません」
お祖母様だ。ニコニコと上品な笑みを浮かべているけれど……どこか圧を感じる。
お祖母様の鋭い視線を一番感じているのはお祖父様だ。居心地悪そうな表情で、ソワソワとしていた。
「ですが……私は驚きましたよ、シンディ。てっきり私は半年前に愛人の実家……子爵家が代替わりした時に愛人諸共粛清すると思っておりましたからね。まさかシンディが現当主に交渉して、愛人が住んでいる屋敷を買い取るなんて思いませんでした」
お祖母様の仰る通り、愛人と犬猿の仲である子爵様――愛人のお兄様――はあの屋敷を手放そうとしていたの。その時に私が子爵様に相談してあの屋敷は購入させてもらったわ。
先代子爵様二人のお父様は、娘である愛人を大層可愛がっていたようよ。淑女教育をと主張する現当主様と、一蹴する先代様と愛人で溝が深まっていたようね。
目に物見せたいと私が主張したから粛清するまで、屋敷に通っている使用人は変えないように協力をお願いしておいたの。些細な変化で私の計画に気づかれても困るから。
「まあ、そもそもの原因は貴方ですから、シンディに協力してきちんと後始末してくださいね?」
「……そうじゃな、うん」
「私は反対しましたのに、あの二人の結婚を強行させたのは、貴方ですからね」
お祖父様はお祖母様の言葉にタジタジだ。
お祖父様は両親の婚約を強行したのかもしれない。それが確かに大きな歪みとなってしまったは否定しない。
「けれど……今の私があるのは、その選択のおかげですから。私はニコラス様に出会えて幸せですわ、お祖母様」
そう告げれば、一瞬目を見開いたお祖母様だったけれど、私の表情を見て柔らかく微笑む。
「その顔を見れば分かるわ。シンディ、あなたがそう思っているのなら安心ね。ただし、あの不法滞在者たちには手心を加えてはいけないわよ。粛清は徹底的に行いなさい?」
お祖母様の言葉に私は力強く頷いた。
勿論よ。
だって、私がここまで手を回したのは……あの三人に地獄を味わって欲しかったのですもの。
貴族を舐め腐っているあの方達にね。
あなた達の未来に希望がない事を教えてあげるわ。
満面の笑みを見せていた横で
「孫娘が過激になったのは……遺伝じゃのぅ……」
「やっぱりディーはこうでなくちゃね」
肩を落とすお祖父様と、楽しそうに笑うニコラス様もいた。