この世界ではみな生まれた時に教会で洗礼を受け、聖女の力を宿している少女は教会に預けられてそこで育てられる。
聖女の存在はこの世界に置いて必要不可欠で、定期的に襲いかかる魔王に対抗する事が出来る、唯一の力だと言われていた。
実際、聖女の扱う魔法には『光魔法』と『白魔法』があり、光魔法は魔族を切り裂き、白魔法は傷を癒やす。
教会に預けられた聖女候補達の中でもフィーネの魔力は格段に強く、歴代の聖女の中で最も強いと、そう言われて育った。
16歳になったフィーネは正式に聖女に選定され、それからすぐに聖女として各地を巡り多くの人達の傷を癒やし、その地位を高めていった。
そして17歳になった時、とうとう魔王軍が襲いかかってきたのだ。もちろんフィーネも魔王討伐隊に選定された。
この時の為だけに使われるという純白の鎧を纏い、金色の錫杖を持ったフィーネは敵も味方も関係なく圧倒した。魔王以外は。
「今度の聖女は随分と貧相だな」
魔王と初めて対峙した時、魔王はフィーネを見下ろして鼻で笑うと、冷たい声で言い放つ。
「身体の貧相さと力は比例しません。ご心配なく」
淡々とそう言って錫杖から放たれた矢の形をした光は、魔王の後ろにいる魔王軍を一瞬で薙ぎ払う。
その光景に仲間たちが沸いた。そしてそれが始まりの合図だった。
戦火は長引き世界の至る所に魔王軍が襲いかかり、もう限界だと諦めそうになった時、長く続いた戦争が唐突に終わりを告げた。
しばらく姿を見せていなかった魔王が、たった一人でフィーネ達の前に姿を現したのだ。
魔王は圧倒されそうなほど美しい顔でこちらを見下ろし、その端正な顔に笑みを浮かべる。
「見てくれに惑わされるな! 俺に続け!」
そう叫んで勇者が剣を掲げ魔王に向かって駆けていく。
仲間たちがその後に続く中、フィーネの視線の先には空に向かって両手を伸ばし泣き叫ぶ魔族の赤ん坊がいた。
助けなければ!
フィーネが動こうとしたその時、どこからともなくリコが現れて赤ん坊を引きずるようにその場から連れ出していく。それを見た魔王が薄く微笑んだ。
「これはこれは、まさかこの期に及んでもこちらの者を助けてくれるとは。聖女には礼を言うべきか?」
魔王の意味深な言葉に仲間たちが一斉にこちらを振り返って血走らせた目でフィーネを睨みつけてくる。
「聖女……お前まさか、俺達を裏切ってたのか!?」
「おい、止めろ。聖女……俺はお前を信じている。お前たちも喧嘩は後だ。いくぞ!」
勇者はそう言って駆け出した。そんな勇者の姿に皆がまた一致団結し、魔王を追い詰めていく。
勇ましい勇者の横顔はフィーネの瞼に焼き付いた。フィーネは長い旅の中で気がつけばこの勇者に淡い恋心を抱いていたのだ。
「聖女! 今だ!」
「はい!」
この戦いが終わったら勇者に自分の気持ちを告げよう。その為に今回で必ず長年に渡り続いた魔族との戦いを終わらせてみせる。
フィーネはありったけの力を込めて錫杖から光を放った。光は真っ直ぐに魔王の元へと伸びて行き、あっという間に魔王の身体を包み込む。
それと同時にフィーネは自分の身体が空っぽになったのを感じた。
ドサリとその場に崩れ落ちたフィーネに手を差し伸べる者は誰も居ない。
皆、光に包まれた魔王に釘付けだったからだ。もちろんフィーネも。
「やった……か?」
勇者が希望を含ませた声で呟いた。その声に徐々に胸の中が熱くなってくる。これで全てが終わる。長きに渡って続いた魔族との戦争がようやく終わるのだ。
そう、誰もが思ったのに——。
魔王を包みこんでいた光はやがてゆっくりと収束していった。
ところが肝心の魔王はと言えば、光の中でさっきと全く変わらない姿のままこちらを見て薄ら笑いを浮かべている。
「どうやらお前はここへ辿り着くまでに力を使いすぎたようだな? 聖女」
冷たい嘲るような声はフィーネに向けられていた。ハッとして手の平に力を込めようとしても、もう何の力も沸いてこない。
それに気付いた仲間たちの顔に悲壮な色が浮かんだ。全員が虚ろで蔑むような視線をフィーネに送ってくる。あの勇者でさえも。
「失敗だ……もう終わりだ……お前のせいで……お前のせいで!」
「……役立たずな女」
勇者と魔道士の言葉が胸に突き刺さる。それを皮切りに仲間たちが力を失ったフィーネに次々と暴言を投げつけてきた。
そんなフィーネ達を見て魔王はおかしそうに笑い声を上げ、いとも容易く光の中から出てくる。
「茶番は終わりだ。それでは、ごきげんよう」
魔王は薄く笑ってその背中に黒い翼を現すと、蔑むような笑顔を浮かべてそのまま飛び去ってしまった。
そしてその後、フィーネは仲間たちの証言で裏切り者として捕らえられたのだ。