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第5話

 きっとフィーネはよほどキョトンとしていたのだろう。とうとう魔王が声を上げて笑い出す。


「これは呑気なものだな! もしかしてお前は勇者や魔道士の正体も知らないのか?」

「どういう意味ですか? 正体?」

「そうだ。お前を取り巻いていた連中の正体だ。この世界はお前たち聖女の力で成り立っている。我々魔族は人間にとっての必要悪でしかない。今まで我々は聖女選定が行われる度に魔王討伐などと言うくだらない茶番に引っ張り出されてきたが、ここらへんでそろそろ手を打ちたい。お前はその為の武器だ」

「……」

「私が言ってる意味が分からないか?」


 ゼルヴァの問いかけにフィーネは頷く。


 そんなフィーネに魔王はさらにおかしそうに笑ったかと思うと、突然立ち上がり蔑むような目でフィーネを見下ろしてきた。


「分からないならそれで良い。お前たちにはいい加減うんざりだ。最後ぐらいは我々の役に立て」


 その目はあまりにも冷たく、背筋が凍りそうだ。


 ゼルヴァの言っている意味は何一つ分からなかったが、彼が酷く人間に対して怒っている事だけは伝わってくる。それはフィーネも例外ではない。


 こちらを見下ろすゼルヴァを見上げると、ゼルヴァは冷たい視線のまま無言で部屋を立ち去ってしまった。


 結局魔王が何を言いたかったのかはさっぱり分からないが、とりあえず今はゼルヴァの言う事を聞いておいた方が良さそうだ。


 何よりもフィーネを火刑から助け出してくれたのはゼルヴァなのだから。


 ベッドの上で考え込んでいたフィーネの元に、リコが項垂れたままやってきた。


「フィーネ、リコ、嫌イ?」


 膝の上に乗ってこちらを見上げてくるリコの目はいつもと変わらず純粋だ。そんなリコの頭を撫でてフィーネは首を振る。


「嫌いになんてならないよ。何か理由があるんでしょう? あなたは魔族なの?」


 リコはフィーネが物心ついた時から気づけば側に居た。


 今まではリコがフィーネの側に居る理由など考えた事も無かったが、リコにも何か役目があったのだろう。


「リコ、魔族。聖女ノ導キ手」

「導き手?」


 導き手とは一体どういう事だ?


「聖女、教会ノ奴隷。リコ、矯正スル。初メテ成功!」


 その言葉にフィーネは唖然とした。リコの言葉を聞いて思わず立ち上がり怒鳴ってしまう。


「リコ!? 聖女が教会の奴隷だって言うの!? っ、ごほっ」


 喉が焼けている事も忘れて怒鳴ったばかりに、喉に引きつるような鋭い痛みが走る。


 と、その時ドアが軽くノックされた。


 返事をしたくても出来ないフィーネに代わり、リコが代わりにドアまで飛んで行き返事をする。


「大変! 大変! フィーネ死ンジャウッ!」

『ええっ!?』


 大げさに騒ぎ立てるリコに驚いたのか、次の瞬間にはドアが開いてそれは美しいメイドの女性が部屋に飛び込んできた。その頭には赤い小さな角が生えている。


「大丈夫!? 子猫ちゃん! どこが痛いの!?」

「……こ、こね……こ?」


 思いがけない呼ばれ方にフィーネが涙目で喉を抑えて女性を見上げると、女性は問答無用でフィーネの手を取り払って喉にキスをしてきた。


 突然の行動に驚いてフィーネが固まっていたのも束の間、次の瞬間には喉の痛みがすっかり消えている事に気付く。


「……痛くない……」


 ぽつりと呟くと、女性はホッとしたように胸を撫で下ろしてフィーネの顔を覗き込んでくる。


「ああ、良かった! 子猫ちゃんに何かあったら減俸されちゃう所だった!」


 女性はそれだけ言ってもう一度フィーネを強く抱きしめてくるが、フィーネには何が何だかさっぱり分からない。


「あ、あの、あなたは……」

「僕? 僕はイヴ。サキュバスで見ての通りメイド。王から子猫ちゃん専属のお世話係を頼まれたの。これからよろしくね」


 何だか個性的な人だ。そんな事を考えながらフィーネはポツリと呟いた。


「あの……フィーネ……です」


 流石に子猫ちゃん呼びは恥ずかしい。思わず名乗ると、イブはそれを聞いて嬉しそうに微笑む。


「それじゃあフィーネ。これで良い?」

「は、はい。よろしくお願いします。ていうかあの! 私、今どういう立場になってるんですか?」


 ニコっと微笑んだイブにフィーネはここへ来てからずっと感じていた疑問をぶつけた。


 だってどう考えてもおかしい。ゼルヴァはフィーネの事を武器だと言った。その本当の意味はよく分からないけれど、最後ぐらい役に立てと言うぐらいなのだからフィーネは良くて捕虜だろう。


 それなのにこんな良い部屋で寝かされ治療まで受け、挙句の果てには専属のメイドがつく? 意味が分からない。


「立場って?」

「だって私人間です。元聖女です。あなた達にとっては敵……ですよね? 拷問とかそういうのを受けるんじゃ……?」


 少なくとも人間は魔族を捕らえたらそうしていた。そんな魔族をフィーネがこっそり逃がしたのは一度や二度ではない。


 フィーネの言葉を聞いて今度はイブがキョトンとしている。


「敵? フィーネが? まさか! あなたは魔族の救世主よ! 大事な大事なお客様。だから手厚くもてなさないとね!」

「救……世主? 私が? 魔族の?」

「そうよ。フィーネ、魔界へようこそ! 今日からここがあなたの家よ」

「私の……家?」


 魔界が? 地下牢とか牢獄ではなくこの部屋が?


 ゼルヴァとイブの温度差が激しくて思考が追いつかないし、やっぱり意味が分からないけれど相手は魔族だ。ゼルヴァのあの態度からして、もしかしたら何か裏があるのかもしれない。


 そう思いつつフィーネは慎重に頷いた。

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