魔界に連れてこられて早一週間。フィーネは戸惑っていた。ここは教会に居た時よりもずっと待遇が良い。
「……美味しい……」
おまけに食事がどれも美味しい。芋のスープを一口飲んで、フィーネは感嘆の声を漏らした。そんなフィーネを見てイブが首を傾げる。
「ただの芋よ? 潰して味付けしただけの下町の味」
「こんなの飲んだ事無かったです」
「フィーネ、粗食! 毎日、粗食!」
横からこれでもかとリコが声を張り上げた。やはりリコは魔族なのだろう。何だかここに来てからやけに良く喋る。
「だからそんな棒きれみたいなんだな」
後ろから低い声が聞こえてきた。ハッとして振り返ると、そこにはゼルヴァが相変わらず冷たい目をしてこらを見下ろしていた。
「ちょっと王! 女の子になんて事言うんですか!」
「いいんです、イブさん。私、魔王には既に貧相だって言われてるので」
初対面の時を思い出してふと呟くと、それを聞いてイブが眉を釣り上げる。
「王!? デリカシーが無さ過ぎますよ!」
「敵だったんだ。それに武器に気遣いなど不要だ」
何の感情も悪びれる様子もないゼルヴァにフィーネは自分の手首を見た。確かにゼルヴァの言う通り、フィーネは小枝のようだ。
「フィーネ棒キレ! 止マリヤスイ!」
「リコ!」
とうとうイブがリコの身体を掴むと、窓の外に放り出してそのまま鍵までかけてしまう。
「あの、イブさん、本当に大丈夫なので」
「駄目よ。サキュバスとして許せない。もっと太りなさい」
真顔で詰め寄られて思わず頷くと、ゼルヴァは関心が無いように離れた席について食事を始める。
このゼルヴァがフィーネは苦手だ。何を考えているのか、さっぱり分からない。表情も乏しいし口数も少ない。何よりもフィーネを見る目はいつも冷ややかだ。
けれど元は敵で苦手だったとしても相手を理解する事は出来るはずだ。
フィーネはスプーンを置いてゼルヴァに問いかけた。
「あの」
けれどゼルヴァは返事をしない。自分が呼ばれているとは思ってもいないかのように。
「あの、魔王!」
もう一度声をかけると、ようやくゼルヴァが視線をこちらに向けた。
「私か?」
「……他にも魔王が居るんですか?」
それには答えず、ゼルヴァは持っていたパンを置いて机の上で手を組む。
どうやら話をする時はちゃんと食事を止めるらしい。あまりの行儀の良さに少し驚いてしまう。
「なんだ」
「この間魔王が言ってた事なんですけど……」
「この間?」
「はい。魔族が必要悪というお話です」
するとゼルヴァは何か思い出すかのように視線を彷徨わせて頷く。
「あれはどこで知る事が出来ますか?」
「どこで、とは?」
「例えば歴史を調べれば分かるのなら、書庫のような場所を教えてください」
「調べた所で何も解決はしないがな」
「だとしても、どうしてあなたが私を助けたのか気になります」
その言葉にゼルヴァは首を傾げた。
「助けた? 私がか?」
「はい」
「別に助けたつもりは無いな。必要だったから持って帰ってきただけだ」
淡々とまるで本当にただの物のように言われ、フィーネは閉口してしまった。そんなフィーネに頓着する事もなくゼルヴァが言う。
「終わりか?」
「……はい」
「そうか」
それだけ言ってゼルヴァはまた食事を再開する。そんなゼルヴァをイブは睨みつけているが、フィーネは何かに納得してしまった。
彼は魔王だ。やはり元敵同士なのだから馴れ合うつもりも無いという事なのだろう。少しでも歩み寄ろうとしたのが間違いだったのかもしれない。
けれどその判断は魔王としては正しい。人間は魔族をあれほど虐げてきたのだ。今更どう取り繕ってもそれは覆らないのだから。