「フィーネ? スタンレーがあなたに果物を……どうしたの!? 具合悪い!?」
ベッドに突っ伏したまま微動だにしないフィーネを見て、部屋にやってきたイブが何を勘違いしたか抱き起こしてくる。
「どうしたの? また王にイジワル言われた?」
その言葉にフィーネはゆっくりと首を振る。誰にも意地悪なんてされた事など無い。皆、フィーネの事を聖女様と言って慕ってくれていた。
けれどそれも本心だったのかどうか、今はもう分からない。
「イヴ……聖女って何なのかな……私、一体何のために生きてきたのかな……」
まだ出会ってさほど経っていないイブに相談するような内容じゃない。それでも止められなかった。心が絶望で張り裂けそうだ。
ここから逃げ出すどころじゃない。フィーネはそもそも人間界に居場所が無かったのかもしれない。むしろ聖女自体がこの世界には必要の無い存在だったかもしれないのだ。
「なぁに? 何を読んだの?」
「これ……」
そう言ってまだ書庫に返せていない本をイブに渡すと、イブは本をペラペラ捲ってポイっとベッドの上に放り出す。
「僕、難しい話は苦手なのよね。でもフィーネがこれからすべき事は分かるわよ?」
「……なに?」
「着替えてお化粧して、僕と美味しいものを食べに行くの!」
それだけ言ってイブはフィーネの腕を掴んで無理やり着替えさせてくる。
フィーネは教会に引き取られた時から綿で出来た貫頭衣しか着た事がない。これが聖女の正装だったからだ。
それを突然脱がされた事でまるで心まで剥ぎ取られたような気になったが、その後に着せられた薄いピンクのドレスに思わず息を詰める。
「ピ、ピンク!」
「ドレス初メテ! 似合ウ、似合ウ!」
「やだ! ドレス初めてなの!? 嘘でしょ!?」
「嘘じゃないです。聖女の衣装はあの貫頭衣だったので」
それを聞いてイブが引きつった。その顔は悲しみというよりも怒りに歪んでいる。
「……信じられない。そんな奴隷みたいな服ずっと着せるなんて……」
奴隷。その言葉がやけに胸に響いた。リコに言われた時はすぐに怒ったが、今は不思議と怒りが沸いてこない。悲しみだけだ。
「聖女は質素であるべきだという教えで、別に奴隷だった訳では——」
それでもどうにか最後の砦である教会を擁護しようとしたが、イブは今度はあからさまに目に涙を浮かべる。
「質素にも程があるわよ。じゃがいものスープすら飲んだ事無いだなんて、一体どうなってるのよ」
「それは……」
思わず言い淀んだフィーネの代わりにリコが声高らかに叫んだ。
「聖女ノ食事! カチカチパン、塩スープ!」
「リ、リコ!」
思わずリコの嘴を塞ごうとしたが、時既に遅し。イブは明らかに怒っていた。
「……ざけんなよ」
「え?」
「聖女の食事が塩スープとカチカチパンだと!? あいつら、今すぐまとめてぶち殺してやる! ついてこい、リコ!」
あまりにもドスの利いた声に驚いてイブを見つめていると、リコが嬉しそうに羽を広げる。
「イブノ本性! 本性!」
「ほ、本性?」
「ソウ! イブノ本性、闘争心ノ塊!」
「そ、そうなんだ」
魔界に来てから絶望する事も多かったが、驚く事も沢山だ。
フィーネはまだ荒ぶるイブの拳にそっと手を重ねた。
「ありがとう、イブさん。私、もう少し自分でちゃんと考えないとね」
今まで誰かの為だけに生きてきたフィーネは、教会で教えられる事が全てだと思い込んでいたけれど、もしかしたらそれは良く無かったのではないだろうか。
イブが代わりに怒ってくれたおかげでそんな単純な事にようやく気付けた。
そんなフィーネの言葉にイブは吊り上げていた眉を戻して微笑む。
「それじゃあ僕はそのお手伝いをするわ。王に言われたからって無理して武器にならなくて良い。ちゃんと見極めるのよ」
「……うん」
イブの言う通りだ。言われるがままでなく、自分で見極めなければ。自分はどうしたいか、どうすれば良いのかを。
「それにフィーネは今も立派な聖女よ。力が無くてもね」
「そうかな?」
「そうよ! という訳でほら! 次はお化粧するわよ! リコ、僕の部屋からアクセサリーとメイクボックス持ってきて!」
「了解! 了解!」
イブに言われてリコが部屋から飛び去っていった。
こうしてフィーネはドレスを着てお化粧をし、イブとリコと共に城下街に繰り出した。