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第13話

             ※


 フィーネの帰りが最近遅いらしい。


 毎日のようにイブがそんな事をいちいち報告してくるが、ゼルヴァとしてはどうでも良かった。フィーネが覚醒するまでは好きにしていれば良い。


 聖女が覚醒するには強い決意が必要となる。その為にフィーネには何が何でも自我を取り戻し、強くこの世界の切り離しを願ってもらわなければならない。


 その為にゼルヴァは怒った振りもするし、興味がある振りもする。


「王! フィーネがまだ帰らないんです~!」


 執務室に今日もイブが涙目で飛び込んで来た。その肩にはリコが不安げな顔をして乗っている。


「リコはどうした? 見張りはもう止めか?」

「リコ、追イ出サレタ! 病人ニ鳥ノ羽駄目!」


 フィーネが働き出したというのは聞いていたが、その職場というのがスタンレーの番がしている遍歴医の助手だと聞いたのはつい最近の事だ。


 遍歴医は魔界の中でも過酷な仕事に分類されるが、フィーネは果たしてそれを知っていて働き出したのだろうか?


 だとしたら少しぐらいはその根性を認めてやっても良い。


「王からも何とか言ってやってください! フィーネはまだ傷心中なんですから!」


 イブはどうやらフィーネに相当入れ込んでいるようで、ほとんど毎日ゼルヴァへの苦情を言いに来るが、どうしてゼルヴァがフィーネを気遣わなければならないというのだ。


 そんな事よりも目下の目標はどうやってフィーネを目覚めさせるかに尽きる。


「一刻も早く聖女に覚醒してもらいたいが、何か良い手はないものか」


 思わず独りごちると、部屋の隅で黙々と書類の整理をしていたスタンレーがこちらを振り向きもせずに言う。


「それは王が自らフィーネ嬢を見張れば良いのでは?」

「何故?」

「リコに聞いてもリコは同じことしか繰り返しませんからね。流石オウム」

「フィーネ、頑張ッテル! 嘘ジャナイ!」

「ほら。ずっとこの調子です。何をどのように頑張っているのかを見極め、そこに付け込むのが一番早いのでは?」

「一理あるな。分かった。暇を見つけて監視するとしよう」


 この部屋に籠もってずっと仕事ばかりをしていたゼルヴァは、ここぞとばかりに羽を伸ばそうと考えていた。いい加減、たまには外の空気も吸わなければ息が詰まってしまいそうだ。


 それからしらばくして、ようやく仕事に区切りをつけたゼルヴァはフードに身を包んで初めてフィーネの後をつけた。


 フィーネが働き始めて約一ヶ月。すぐに音を上げるかと思っていたが、そんな事は無かった。


 職場へ向かうフィーネのその足取りに最初の頃のたどたどしさはもうない。


「それにしてもまだ貫頭衣を着ているのか」


 イブの話では、フィーネにいくらドレスを送ってもフィーネは仕事に行く時はあの貫頭衣を着用していくらしい。


 やがてフィーネはスタンレーの屋敷に辿り着くと躊躇うことなく屋敷へと入っていき、しばらくしてルネと共に小枝のような身体には似合わない大きな薬箱を持って出てきた。


 ゼルヴァはすぐさまそこにあった影の中に身を潜めると、耳をそばだてる。


「今日はどんな方の所へ行くんですか?」

「今日はね、超偏屈な爺様よ。ほんと、偏屈すぎて腰を悪くしてるのに全然病院に行こうとしないの」


 怒ったようなルネの声に続いてフィーネの声が聞こえてきた。


「それは困りましたね。何か理由があるのでしょうか?」

「奥様がね、亡くなられたの。もう手の施しようも無くてどうしようもなかった。それをその爺様は医者のせいだって言うのよ」


 切なげなルネの声にフィーネも黙り込む。


 しばしの沈黙の後、ルネが口を開いた。


「そう言えばフィーネ、昨日巻いた包帯の巻き方、凄く良くなってたわ!」

「本当ですか!? 良かった。実はシーツの端切れを貰ってずっと練習してたんです!」

「そうだったのね。偉いわ! 元聖女なのにこの仕事が嫌ではない?」

「嫌だなんて! 私、どうして誰かを救いたかったのかそれすら分からなかったんです。魔王に言われるまで。そうするべきだって思いながらずっと聖女をしていて、それが無くなった途端に何をすれば良いか分からなくなっちゃって……。でも、このお仕事を始めてから少しずつ分かってきた気がするんです。そりゃ泣かされる事もあるけど」


 フィーネの声は弾んでいる。ゼルヴァは思わず今フィーネがどんな顔をしているのか見たくなって、影からこっそり顔を出した。


 すると、久しぶりに見たフィーネの顔からあの陰鬱な雰囲気が消えている。


「……笑うようになったのか」


 ゼルヴァはそれだけ言うと、二人が通り過ぎるのを待って影から這い出た。


            ※

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