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第14話

 時は少しだけ遡り、フィーネの初仕事は屋根から落ちて骨折をした若い女性のお世話だった。骨折をしたのは骨盤で、今もなかなか動く事が出来ないという。


 自力で動く事が難しい為、医者にも通えなくて困っていた所を遍歴医にお願いしたそうだ。


「初めてのお仕事にしては当たりだと思うの。ミミさんは良い人だから」

「そうなんですか?」

「ええ。ただちょっと元気が過ぎるのよね」


 苦笑いをしてそんな事を言うルネにフィーネは軽い気持ちで頷いたが、それは本当だった。とにかくミミはよく喋る。


「それでね、その時あの人なんて言ったと思う!? 私の顔を見て君ほど綺麗な人は居ないってそう言ってくれたの。それなのにその3日後には違う女にも同じことを言っていてね——」

「ミミさん、その話はもう三回目だよ」


 困ったように笑いながらルネが言うと、ミミはちらりとフィーネを見て笑う。


「でもフィーネは初めてだもんね?」

「えっと、はい」


 何だかミミの圧が怖くて頷くと、ルネは呆れてミミは嬉しそうに微笑んだ。


 やがてルネが治療に取り掛かると、骨折箇所が痛むのかミミは大げさに泣き喚く。


「痛い痛いっ! ルネ! また折れちゃう!」

「痛くてもリハビリしないといつまで経ってもこのままだよ! フィーネ、そっち抑えてて!」

「は、はい!」


 言われた通りフィーネは心の中でミミに謝りながら暴れるミミを押さえつける。


 やがて施術が終わるとミミは恨みがましい目でフィーネとルネを睨みつけてきた。その視線が何か色んな事を思い出させる。


 ところが、ミミから放たれた言葉はフィーネが想像もしていなかったものだ。


「ありがと。あぁー痛かった!」

「え?」


 顔と言葉があまりにも一致していなくて思わずフィーネが首を傾げると、ミミが肩を竦めて笑う。


「痛さのあまり睨んだけど、ちゃんと分かってる。あなた達が私を治そうとしてくれてる事。だから、ありがと!」

「い、いえ」


 フィーネは押さえつけていただけだから礼を言われるのはルネだけだ。


 けれどルネはフィーネの肩を抱き寄せてニコリと笑った。


「ほんと頼りになる助手だわ! いつもの半分の時間で終わるなんて!」

「本当だよ。いっつも私はもっと暴れるもんね」


 そんな事を言って笑い合う二人にフィーネだけが取り残されたような気持ちになってしまう。


 この二人の間には患者と医者というだけではない、確かな絆のようなモノがある気がして。


 帰り道、フィーネはぽつりと言った。


「あの……」

「うん?」


 ルネはフィーネの言葉に振り返る。その背中には大きな薬箱が背負われているが、その薬箱にはルネの矜持が詰まっているのではないだろうか。


「ルネさんは、どうして遍歴医なんて始めたんですか?」

「私? 私は自分が捨てられた子だったからかな。捨てられてスタンに保護されて、それからずっとあの人の側にいて、色んな人達に良くしてもらってるうちに、自分もこの人たちに何か恩返しがしたいって思うようになったのよ」

「恩返し……?」

「ええ。恩返し。でも私に出来る事なんて限られているし、医者のように執刀とかは無理だから、医者に行く程ではないけれど辛い思いをしてる人たちを助けたいなって思って。単純でしょ?」


 そう言って微笑んだルネは光り輝いて見えた。正にフィーネがなりたかった聖女そのものだ。


「ルネさんは……聖女みたい」


 何だか胸が詰まるのを感じる。自分にはなり得なかった本物の聖女の存在に、余計に自分の存在意義を感じる事が出来なくなりそうだ。


 落ち込みそうになったフィーネにルネが声を出して笑う。


「私が聖女!? 全然違うわ! 私は見える範囲の人たちしか助ける事が出来ないもの! でも今回の聖女は本当に辺境の地まで足を運んでいたんでしょう?」


 その言葉にハッとして顔を上げると、ルネは何故か悲しそうに視線を伏せた。


「とても酷いと思ったの。だって歴代の聖女の中で唯一、魔族も人間も隔たり無く愛した人なのに裏切り者として処刑されるなんて……そんな理不尽な事はないわ」

「……聖女を……知っているの?」

「もちろんよ! 魔族のほとんどの人は知っているわ。聖女が連れ去られた魔族を助ける度に魔王が新聞で告知をしていたから。そして惜しくも亡くなってしまった人たちの慰霊碑まで彼女は作っていたって言うじゃない」

「……」


 魔王は本当にリコから全てを聞いていたようだ。


 フィーネは魔族が亡くなる度にこっそり遺品を持ち出し、目立たない所に慰霊碑を建てて弔っていた。


 あの慰霊碑はどうなってしまったのだろうか。


「そのおかげで亡くなった人たちの遺品を回収する事が出来ていたんですもの。きっと皆、感謝してると思うわ」

「でも聖女のせいで魔族は魔力を発揮出来ないんでしょう? 邪魔に思ったりしないの?」

「しないわ。誰もそんな事考えもないと思う」

「そう……かな?」

「そうよ! そりゃ魔王はお辛いと思うけど、聖女のおかげで人間界と魔界には結界があり、人間はこちらに侵攻してくる事が出来ないんだもの。だから聖女は魔界に暮らす人達にとっても聖女だったのよ」


 ルネの言葉にフィーネは頷いて俯いた。魔界にやって来て初めて、自分のしてきた事を認められた気がしたからだ。


 それと同時に不思議に思った事がある。それは、ルネの言った人間が魔界に侵攻してくるという話だ。


 ルネに尋ねようと思ったけれど、それはまだ止めておいた。何せルネはあのスタンレーの妻だ。完全に信用する事は流石にまだ出来ない。

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