しばらくして戻ってきたイブの手にはもう何も持たれてはいない。
「誰ニ渡シタ?」
「城に住み着いてる吟遊詩人よ。最近喉の調子が良くないって困ってたから。ついでに神経痛も酷いらしいからうってつけでしょ?」
「だ、だからってそんな実験みたいな事……」
出来上がった薬はまず実験するのがセオリーだが、それはまず自分がすべきだと思っているフィーネとは違い、この二人は実際にその悩みを持つ城の人達に飲ませれば良いと考えているようだ。
「大丈夫。どっちも薬草だもの。死にはしないわよ!」
「う、うん。だと良いけど……」
不安に思いつつもドキドキしながら吟遊詩人からの感想を待っていると、翌日の昼にイブが嬉しそうに部屋に飛び込んできた。
「ちょっとフィーネ! リコ! 大成功よ! さっきそこで吟遊詩人と会ったんだけど、あいつ僕の顔見るなり、あの薬はもうないのかって!」
「本当に!?」
それを聞いて思わずガタンと立ち上がると、肩でリコも喜んでいる。ここでふとフィーネは本のページをめくって白鱗草の副作用の所を見る。
「でもこれ常用すると返って声が出なくなるみたいなの。だから吟遊詩人さんには琥珀咲の方が良いと思うんだ。効果はゆっくりだけど、こっちは副作用がほとんど無いし、蜂蜜と相性が良いみたいだから飴にしてみる」
「なるほど、そういうのもあるのね。分かった。伝えておくわ。とりあえずゼノには一回あれを処方してみたら?」
「うん! 飴も作って渡してみます」
意気揚々と薬箱から材料を取り出し、ふとある事に気付いた。確かイブは言っていたはずだ。この世界には行商が居ないと。
「ねぇイブさん」
「あら、なぁに?」
「薬箱の薬って、もしかしてルネさんが直接取ってきてるのかな?」
疑問に思った事を率直に尋ねると、それを聞いた途端にイブとリコが揃ってフィーネから視線を逸らした。どうやらそうらしい。
だとすればこれからはフィーネも自分で薬草を取りに行かなければならないという事だ。
「リコ、この表に書かれた薬草が採れる場所をリストアップするの手伝ってくれる?」
「ダ、駄目! 絶対ニ駄目!」
「そうよ! 何を言い出すのかと思ったら!」
「でもルネさんは自分で取りに行ってるんでしょう? 他の人もそうなんだよね?」
「そ、そうだけど……そのせいでこの間もルネは魔族狩りで捕まってスタンレーが大怪我したとこ——」
ポロリとイブがそんな言葉を口走り、フィーネは青ざめた。
「え……それどういう事ですか!? 魔族狩りって!?」
そんな話は知らない。魔族を人間が捕らえるのは、人間界を魔族が襲撃してきたからだと聞かされてきた。
けれどもしかして違うのか? 人間が魔族を捕まえて連れ去っていたのか?
信じたくないが、そう考えれば色んな事に納得がいく。例えば、どうして捕らえられた魔族の中に子どもが混ざっていたのか、どうして開放した魔族たちはレイアのような者ばかりだったのか。
フィーネはふらりとよろめいて椅子にドサリと力なく腰掛けた。
「私……どうやってこれから魔界に償えば良いの……」
ぽつりと漏れた本音にイブとリコが慌てたように言う。
「フィーネ悪クナイ! 悪イノハ王族ト教会!」
「そうよ! あなたはずっと騙されてただけなんだから!」
「でも知らなかったじゃ許されない……それに最後の戦いで沢山の魔族の人たちを攻撃してしまった……」
そう、決して許されない事をフィーネはしていた。真実も知らず、確かめもせずに聖女の力を使って魔族を傷つけ、死に追いやったのだ。