呆然として手の平を見つめると、白くて何の苦労もしてこなかった手の平がある。
と、丁度そこへ夕食の時間を告げにメイドがやってきた。
「ほ、ほら! 晩ごはんよフィーネ! とりあえず難しい話は止めて行きましょ! ね!」
「ゴ飯! ゴ飯! ソウシタラ元気!」
「……」
二人に腕を引っ張られて食堂まで辿り着くと、そこにはゼルヴァがいつもの席について既に食事を始めている。
フィーネはそんなゼルヴァを見て近寄ると、優雅に食事をとるゼルヴァを見下ろした。
「なんだ。食べている時に見下ろして来るのが人間の礼儀か?」
普段は我関せずなゼルヴァだが、流石にここまであからさまに近寄って来られると気になるようだ。
フィーネはしばらくゼルヴァの角の辺りをじっと見つめていたが、おもむろにゼルヴァの前に跪いて頭を下げた。
「魔王、どうか私を牢獄に繋いでください。最後の武器に使うまで、どうかこの身を鎖で繋いで欲しいのです」
フィーネは罪人だ。それも、とてつもなく極悪人だ。
「……一体何の真似だ?」
ゼルヴァはフィーネではなく、後ろにいるであろうリコとイブに問いかけた。その途端、二人が一斉に喋りだす。
「イブガ悪イ! イブガ余計ナ事言ッタ!」
「何ですって!? 導き手のあんたがちゃんと教えて来なかったからでしょ!?」
「物事ニハ順序アル! 大体イブハイッツモ——」
「一体何なんだ」
頭の上で喧嘩し始めた二人を無視してゼルヴァが呟いたが、それでもフィーネは顔を上げることが出来なかった。自分のしてきた事が全て間違いだったとは思わない。
けれど少なくとも以前のように盲目なまでに教会や人間界の事を信じる事は出来なくなっている。
いつまでも頭を上げないフィーネを見かねたのか、ゼルヴァがゴホンと咳払いをした。それを聞いてリコとイブが途端に喧嘩を止めて事の経緯を話し出す。
すると全てを聞き終えたゼルヴァの方から、カチャカチャと食事を再開する音が聞こえてきたではないか。
顔を上げると、ゼルヴァはいつも通りの無表情で淡々と食事を口に運んでいる。
「魔王?」
「なんだ?」
「あの、牢に——」
「入れないぞ。いくら地面に額を擦り付けても、魔族にとってお前は最後の希望だ。丁重に扱わなくては私が民に反旗を翻されてしまう」
「……でも私が攻撃した人たちは……」
戦いの中でフィーネは沢山の魔族を——。
そんな言葉を飲み込んだフィーネの耳に、ゼルヴァのいつもよりも幾分優しい声が聞こえてきた。
「誰も死んでなどいない。お前にも使った羽根を皆に持たせていたからな。お前たちが去った後、自分の足で皆ちゃんと魔界に戻っている」
「……え」
予想もしていなかったゼルヴァの声にフィーネは呆気にとられてしまう。そんなゼルヴァの言葉を引き継いたのはリコだ。
「魔族、戦争デハ誰モ死ンデナイ。魔王ノ回復魔法ノオカゲ!」
「う、嘘よ! だって光魔法で皆動かなくなって——」
「お前は一度でも戦死した魔族を埋めたとかそんな話を聞いた事があるのか?」
「……無い……です」
「そうだろう」
言われてみればそうだ。魔族を倒した翌日には魔族の死体はいつもすっかり消えていた。
けれどその事に誰も頓着などしていなかった。フィーネもだが、誰かがどこかへ運び出したのだろうと思っていたのだが、まさか本当にゼルヴァの言うようにみな自力で魔界に帰ったからだったのか!?
あまりの衝撃に今度は全身から力が抜けていく。
ぺしょりとその場に這いつくばると、ゼルヴァがフンと鼻で笑ったのが聞こえた。