「相手が本当に死んでいるかどうかぐらい確認しろ。歴代の聖女は最低限は確認していたぞ」
「そ、そうなんですか?」
「ああ。一人一人死んだかどうか確かめ、脈が無ければ追い剥ぎよろしく金品を奪っている者も居た。思えばあれは逃走資金だったのだろうな」
何かを思い出すようなゼルヴァの言葉にフィーネは言葉を失うばかりだ。
「それは……追い剥ぎでは?」
「そうだな。だが、それは気付いた者達だ。聖女という役を押し付けられ、その立場に疑問を抱き逃げようとした者達。お前はそいつらを責める事が出来るのか?」
「……いいえ」
ゼルヴァの言葉にフィーネは首を振る。少し前の自分ならそんな事をした聖女達を責めただろう。
けれど今はもうそんな気にはなれない。彼女達はゼルヴァの言うように自分の置かれている状況に疑問を持ち、真実を知ったのだろう。
従順に教会を信じた自分とは違う、賢い聖女達だ。
「とはいえリコの言う通り、歴代の聖女の中でお前の力は群を抜いていた。だからこそ教会は徹底的に洗脳をしたのだろう。そういう意味ではお前は歴代聖女の中で最も不幸な聖女だ」
それだけ話し終えてゼルヴァはまた食事を始める。相変わらず話をする時はフォークを置く所には好感が持てる。
「不幸……私が……不幸……」
面と向かって誰かにそんな事を言われたことが無くてショックを受けていると、フィーネの肩にリコが止まり、まるで慰めるかのように頬に身体を擦り寄せてくる。そんなリコの頭を撫でながらぽつりと言った。
「私、不幸なんかじゃないわ……だって、ずっとリコが居たもの……」
声が少しだけ震えてしまったけれど、そんなフィーネの言葉を聞いてゼルヴァもぽつりと「そうか」とだけ呟いた。
翌日からフィーネは暇を見つけては庭で薬草を摘んでいたが、それではやはり大した薬にはならないと悟り、ルネに事情を話して薬草が採れる場所を教えてもらった。
そして早速今日はそこへ向かおうとしたのだが——。
「ねぇフィーネ、やっぱりここのは止めときましょ?」
「ここは安全だってルネさんは言ってたよ?」
「安全なんてとんでもない! ここは魔族でさえも近寄らないのよ!?」
イブはどれほどフィーネが心配なのか、朝からずっとこの調子である。
「でもルネさんはそんな事一言も……それに、どんなに危険な所でもいずれは自分で採れるようにならないと」
「ルネにお願いして分けてもらえば良いじゃないの」
「それじゃあ駄目なの。ちゃんと自分でやり遂げないと、私はここでも自分の存在意義を見出せなくなるわ」
何もかも誰かに任せて生きてきたフィーネだ。自分の人生さえも人に預けてしまった事を、今は後悔している。それにいつまえでもルネに頼り切るのもどうか。
「ちゃんと気をつけるわ。無理そうならすぐに戻って来る」
フィーネがイブを見上げて言うと、イブはとうとう黙り込む。
「リコ、着イテク! 着イテク!」
「あんたじゃ何かあっても叫ぶだけでしょ!? かと言って僕が行ったって役に立たないし……」
「二人とも大丈夫だってば!」
こう見えて人間界に居た時にも色んな所へ派遣されたフィーネだ。少々のことではへこたれない。
そう、思っていたのだが——。
「ひっ!」
足元からパラパラと砂利が落ちていく。フィーネは恐る恐る崖下を覗き込むと、果てが無いのではないかと思うほどの暗闇がぽっかりと口を開けていた。