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第21話

 フィーネは今、ルネに教えてもらったデルクノートという麻酔にも使える強力な野草を探しに来ているのだが、それが生息しているのが断崖絶壁なのだ。それも奈落と呼ばれるこの場所の絶壁にしか無い。


 足場は10センチも無いのではないかと思うほど狭く、もちろん整地などもされていない。そんな場所を命綱も無しにつま先で横に移動していたのだが、さっきから砂利がパラパラと落ちる度に身体をビクつかせてしまう。


「ル、ルネさんは凄いのね……ここが最も難易度が低いだなんて、他の場所はどうなっているの?」


 震える声で呟きながら目を凝らし周りを見ると、デルクノートがちらほらと生えているのが見える。


 けれどそのどれも高い場所にあったり低い場所にあったりして届かない。


「うぅ……どうしたら良いんだろう……」


 もう諦めようか。そう思って身体を反転させようとしたその時、足場にしていた場所が大きく崩れ始めた。


「え……? きゃっ!」


 その途端、フィーネの身体はバランスを崩して奈落めがけて真っ逆さまに落ちていく。どんどん加速するスピードに抗う事さえ出来ないまま、フィーネはいつかやってくるであろう衝撃に硬く目を閉じた。


 せっかく助けてもらったのに今度こそ本当に死んでしまうのか。ようやく少しだけしたいと思えるような事が見つかったというのに、ここまでなのか。


「不幸じゃないわ……運が無いだけ」


 聖女だった時には絶対に出てこなかったであろうセリフだが、フィーネはそんな考えを誇らしく思った。


 何故なら、ようやく誰かの為ではなくて自分の為に出た言葉だったから。


 そんな自分に満足して微笑んだその時だ。突然奈落の底から突風が吹き上げてきたかと思うと、突風はフィーネの身体を軽々と持ち上げそのまま崖上まで運んでくれた。


 何が起こったのか全く分からないまま崖上にぺたりと座り込んでいると、今度は頭上から大量のデルクノートが降ってくる。


 フィーネはその光景を唖然として見つめながらポツリと呟く。


「……運が良かったの……かも」


 初めて見るデルクノートの花は淡い黄色でとても可愛らしい。


 フィーネは拾い上げたデルクノートを見てようやくホッと息をつくことが出来た。


               ※


「何故私がこんな事をしなければならないんだ」


 ゼルヴァは独りごちてフィーネの影の中に身を潜めて共に歩き出す。


 今フィーネはリコやイブが止めるのも聞かず、薬草を自分で取りに行くと行って奈落の崖へ向かっている。


 あそこは魔族でも滅多に近寄らない底のない崖で、そこに落ちたら最後、死体も拾いに行くことが出来ない。


 それでもルネは何故かそんな場所のリストをフィーネに渡したというから驚きである。


 そんな場所に向かおうとしているフィーネを何故ゼルヴァが追いかけているのか。それは簡単だ。頑固なフィーネを止める事が出来なかったイブとリコに頼み込まれたからに過ぎない。


「大人しい割に無鉄砲な女だな」


 元聖女には怖いものが無いのか、それともただ無知なのか、どんどん奈落に向かって突き進んでいく。


 やがてフィーネは奈落までやってくると、その絶壁を見て固唾を飲んだ。


「さあ、もう良いだろう? この辺で折り返せ」


 あまりにも足場の悪い崖を見て唖然としているフィーネに思わず声をかけるが、フィーネは何を思ったのか自分の頬を叩いて気合を入れ直している。


「まさか行く気か?」

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