「当然でしょ! 誰もが持てる力じゃないわ。そういう器がある人にだけ力は与えられるの」
そう言って少しだけ寂しそうに笑ったルネを見てフィーネは首を傾げる。きっとルネは自分にその器が無かったのだと思っているのかもしれないが、それは違う。
「だとしたらルネさんが魔力を持たなかったのは、その力が無くても未来を切り開く力があったという事です」
フィーネの言葉にルネは一瞬黙り込んだかと思うと、涙を浮かべて微笑む。
「ありがとう。そんな風に言ってくれて」
「それは私のセリフです。ありがとうございます、ルネさん。私もルネさんみたいに強くなりたいです」
聖女の力が無くなった時も火刑を執行された時も、フィーネは色んな事を諦めて絶望しただけだった。
けれど今こうして力が無くても魔界にやってきて遍歴医という職業を始めたルネの側に居ると、生きる活力のような物が沸いてくる。
フィーネはまだ出会って間もないルネを尊敬していた。特別な力など持たなくても自分のすべき事をするルネが、フィーネには眩しくて仕方ない。
「今日はゼノさんにお薬とミミさんのリハビリ、それから赤ん坊の依頼が入ったんですよね?」
フィーネが手帳を開くと、そこには今日の予定が書き込まれている。いつも通りの巡回と、新しい依頼だ。
「そうなの。赤ん坊と言っても3歳なんだけどね、夜泣きが酷くて夜になると熱が出るんですって。ずっと病院に通ってたけど、とうとう匙を投げられてしまったって」
「医者が匙を投げたのですか? 原因が分からないという事ですか?」
「ええ、そうみたい。でもお昼は凄く元気で、夜になると徐々に熱が出てくるみたいなのよね」
腕を組んで考え込むルネにフィーネも考え込む。それは果たして病気なのだろうか? 何かもっと違う原因があるのではないだろうか?
それからフィーネ達はまずミミの元へと向かい、それからゼノの所へ行って新しい薬を渡し、夕方頃になって依頼のあった家へと出向く。
「さて、今日の難関ね!」
「はい!」
フィーネはゴクリと息を呑んで、目の前にそびえ立つ立派なお屋敷を見上げた。
「豪邸だね」
「はい……ルネさんの所と同じぐらい豪邸です」
「そりゃここの人はスタンの古い友人だから。でも私はあんまり面識が無いのよ。だからちょっと緊張してる。絶対に失敗出来ないなって」
その言葉を聞いてフィーネはもう一度息を呑むと身を引き締めた。
ノックをして声をかけると、中から執事と思われる人が出てきて困り果てたような顔でフィーネ達を見ると、頭を一つ下げて家の中に案内される。
応接室に通されてしばらく待っていると、目の下にクマを作った綺麗な女性がぐったりしている少女を抱いてやってきた。
「あなたがルネさん?」
「はい。スタンレーがいつもお世話になっております」
ルネが立ち上がったので、フィーネも慌てて立ち上がって挨拶すると、女性は力なく微笑んで子どもをソファに寝かせる。
「そちらは?」
「あ、私はルネさんの助手のフィーネと申します。どうぞよろしくお願いします」
「そうなの。遍歴医を目指すなんて立派だわ。今回ほどそう思った事は無い……もう大体はお話ししたけど、この子なの。レネって言うんだけど、大体この時間から朝方までずっとこの調子で、私達もこの子もあまり良く眠れていないの。それなのに病院は何もしてくれない……もうどうしたら良いのか分からなくて……」
女性はそれだけ言って顔を手で覆い泣き始めてしまう。そんな母親を見て不安になったのか、ぐったりしていたレネまで泣き出した。