さっきから見ているとレネは母親をじっと見つめ、その行動を目で追っている。
「ルネさん、少しだけ思う所があるのでここは任せてもらえませんか?」
小声で言うと、ルネはこくりと頷く。
ルネが頷いたのを確認してフィーネはすぐさまレネを抱き上げると、レネはフィーネを見てほんの少し笑顔を浮かべる。
「頭は痛い?」
ゆっくりと話しかけるとレネは首を振る。
「それじゃあ気持ち悪い?」
その問いかけにも首を振り、手でお腹をさすった。
「お腹が痛いの? 違う? 痛い訳じゃない? 変な感じ?」
フィーネの言葉にレネがとうとうコクリと頷く。
フィーネはレネを抱いたままソファに腰掛けると、お腹に手を当てて歌を歌った。何かを治す力はもう無いけれど、こうすると落ち着く子が多かったのを思い出したのだ。
するとレネはフィーネの歌に合わせて身体を左右に揺らし始めた。表情が少しだけ明るくなり、喃語で一緒になって歌い始める。三歳にしては言葉が遅い。
それでもフィーネはレネを褒めた。
「お歌が上手なんだね」
「んー!」
得意げに笑うレネの頭を撫でるとレネは声を上げて喜ぶ。その声を聞いてさめざめと泣いていた女性がハッとして顔を上げた。
「わ……笑ったわ」
「笑ってなかったんですか?」
ルネの言葉に女性が頷く。
「え、ええ。もうずっと泣くか拗ねるか怒るかで……もしかして原因が分かったの!?」
女性はフィーネに掴みかからんばかりの勢いで身を乗り出してくるが、直接の原因はフィーネにも分からない。
ただ、もしかしたら? と思うことはある。
「以前、同じような子を見たことがあるんです。その子の発熱の原因は、心因性の発熱でした」
「し、心因性の発熱?」
ルネと女性の言葉がピタリと重なった。心因性の発熱は一時は薬で抑えられても、根本的な所を改善しないと意味がない。
「はい。お母さんはもしかしたらこうなる前に何かレネちゃんに教えたりしていましたか?」
「あ……この子、見ても分かると思うんですけどまだ言葉が全然で……同じぐらいの子たちはもうはっきり話すのに。だから……言葉を教えていて……」
何か思い当たる節があるのか、女性が目を伏せた。
「多分、レネちゃんはお母さんに応えようとしてたんだと思います。でも出来なくて悔しくて毎日不機嫌で居たのかなって。だってレネちゃんはずっとお母さんを目で追ってます。大好きなお母さんの期待に応えたいけど、上手く出来なくてそれが心因性の発熱になって身体に現れてしまったのかも」
「そんな……それじゃあ、病気では……ない?」
「はっきりとは検査をした訳ではないので何とも言えませんが、今まで色んな検査をしても何も出なかったんですよね?」
「ええ」
「だとしたら、きっと精神的なものだと思います。レネちゃんはまだパワーを溜め込んでいるだけ。ある日突然ペラペラ話し始めるかもしれませんよ?」
レネを抱きしめて背中を撫でながら言うと、レネはやっぱり喃語で喜びを表現する。きっとレネも伝えられなくてイライラしていたのだろう。
フィーネの言葉に母親はまるで憑き物が落ちたかのようにダラリと力を抜いた。
そんな母親の身体の上にレネを乗せると、レネは嬉しそうに母親に頬ずりしている。
「ふふ、なぁに?」
「まぁま」
「!」
突然のレネの言葉に皆がハッとして顔を見合わせた。今、確かにレネは「ママ」と言った。
「しゃ、喋った! フィーネ、喋ったわ!」
「は、はい! 私もビックリしました!」
思わずと言わんばかりにルネがフィーネに抱きついてくるが、フィーネも驚いてしまった。