思ってもいなかったセリフにフィーネがギョッとして顔を上げると、ゼルヴァは食事を止めて肩ひじをつき、こちらを眺めているではないか。
「面倒……」
そんな事を面と向かって言われたのは初めてで驚いていると、ゼルヴァは怒るでも笑うでも無く無表情のまま言う。
「人助けに理由がいるのか? 傷ついた者がいる。それを救える者がいる。だから手を貸す。たったそれだけの事に何の理由が必要なんだ?」
「それは……」
「したいからする。そこに理由など必要ない。どんな生物もただそこに在るだけだ。役目を終えれば去る。お前も、私も」
「……役目を終えたら去る……」
「大体そんな事を考えて何になる? 自己啓発でもしているのか? そんな事をしても無駄だ。お前はお前でしかない。お前は誰にもなれないし、誰もお前にはなれない」
叱られているのか諭されているのか、呆れられているのかどうかも分からないが、ゼルヴァの言葉が胸に不思議と染み込んでいく。
確かにフィーネは面倒な女なのかもしれない。全ての行動に理由を求めようとするのだから。
「本当だ……私、面倒ですね」
正直にその事を認めると、ゼルヴァは顔色も変えずに頷く。
「ああ。相当にな。とりあえずゴードからの言伝は伝えたぞ」
「はい。ありがとうございました」
淡々としているが、以前のような冷たさは無い。
かと言って優しい訳でもないのに不思議と今日の言葉は怖くない。少しだけゼルヴァが苦手では無くなってきたようだ。
部屋に戻りフィーネはいつものようにリコと薬草について調べる。これが最近の日課だ。
聖女の時に調べた事と言えば、どこに魔族が囚われているのかとかそんな事ばかりだったが、今は色んな病気の治療方法を調べていると思うと自分でもおかしい。
「リコ、私はちゃんと成長している?」
突然のフィーネの問いかけにリコは羽を広げて歌うように叫んだ。
「シテル! シテル!」
「そっか。良かった。私ね、最近気付いたんだけど、こうやって治療方法を調べるのが好きみたい。今まで病名も知らずに手を翳すだけで治す事が出来たでしょ? でも遍歴医をやっていて色んな事を知った。それがね、凄く楽しいみたい」
寝る間も惜しいほどフィーネは病気について夢中になって調べている。そして自分の記憶と照らし合わせるのだ。自分が治してきた人たちの症状を。
けれど調べれば調べるほど、病気というのは奥が深いという事に気付く。
「今までは手を翳して治らなかったら違う原因があるってすぐに分かったけど、これからはちゃんと見極めないと」
ノートの隅にそれを書き留めてフィーネは深い溜息を落とす。
そんな事フィーネに出来るだろうか? ルネのように経験があれば出来るのかもしれないが、一歩間違えると取り返しのつかない事になる。それが遍歴医の仕事だ。
「聖女の力で病気や怪我を治していた時とは全然違う。私達の判断は誰かの命を預かっているのね……」
「聖女ノ力、偉大! デモ遍歴医モ偉大!」
「うん、そうだね。頑張るよ。あ、もうこんな時間なんだ」
フィーネは時計を見て驚いた。久しぶりに日付を跨ぐまで調べ物に没頭していたようだ。
「明日ハ休ミ? 何スル?」
「明日は薬草を取りに行くわ。難易度の低いやつ」
「ソレハ仕事! 休ミハチャント休ム!」
怖い顔が出来ないリコは怖い声でフィーネにズイッと近寄ってくるが、フィーネはそんなリコを抱きしめてベッドに潜り込んだ。
「薬草を取るのは楽しいの。だからお仕事じゃないよ」