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第30話

「まぁ、火刑の瞬間まで聖女で居ようとしたような人ですからねぇ。それがもう彼女の本質なのでは?」

「……鍵はいつ目覚めるんだ。私もそろそろ限界だぞ」


 思わず本音を呟いたゼルヴァにスタンレーが頷いた。


「せめて我々の力が全て戻れば良いのですが……」

「氷柱の聖女達を開放するしか手はないのか」


 それは彼女たちの死を意味するのでゼルヴァとしてはあまりしたくない。


 ゼルヴァの、魔族の願いはただ一つ。これ以上の人間からの干渉を避ける事、ただそれだけだ。無益な殺生も争いもしたくない。


「これはもういっそ、魔界を心から気に入ってもらうしか無いのでは?」

「そう……かもしれないな。おい、本当に農村に向かっているのか?」


 影の中から上を見上げると、どう見ても農村を超えて山登りをしようとしている気がする。


「本当ですね。この先は火山灰高原ですが……」

「……何故あえて難易度の高い所を目指すんだ」


 あんな貫頭衣一枚で降り積もる火山灰に対処出来るとでも思っているのだろうか?


「フィーネ! コッチハ危険! 難易度3!」

「うん、知ってる。火山灰高原でしょう? でも大丈夫。そこまでは行かないわ。その麓にある冷炎花が欲しいの」

「初メテ聞ク。ルネノメモニモ無カッタ」

「だと思う。これは古代の薬草なんですって。魔王に頂いた本に載っていたの。ゼノさんの関節痛はどうも熱を持っているみたいで、普通の熱取りでは効かないのよ。それで調べていたら、冷炎花という花がよく効くって書いてあったから試してみようと思って」

「魔王、ドンナ本クレタ?」

「何かとても古い本だったわ。現代の薬草じゃ無い物ばかりで辞書で訳しながら読んでいるの」


 フィーネの言葉にゼルヴァは腕を組んで考え込む。


 書庫で出会った時は適当に内容を気にもせずに「やる」と言ってしまったが、まさか古代の薬草の本をフィーネが読んでいたとは思ってもいなかったのだ。


「王、もしかして禁書を差し上げてしまったのですか?」

「……かもしれん」


 古代の技術は今や禁書の棚に保管されている。閲覧する分には構わないが、それを書庫から持ち出すのは禁止だ。何よりも古代の本は今の魔族たちにもほとんど読む事が出来ないだろう。


 それでもフィーネは辞書を片手に訳しているというのだから驚きだ。


「聖女は少々努力が過ぎるようですね。まさか禁書を読んでしまうとは。元が勤勉なのでしょうか」

「そうなのかもな。それにしても冷炎花か。私でも知らないな」


 古代の薬草が現代に現存している可能性は限りなく低いと思うのだが、それでもフィーネは足を止めない。どうやら一度決めた事を覆すという事を知らないようだ。


 しばらくすると火山高原の麓に辿り着いた。ここに居るだけでもう既に異様に熱い。


「リコ、羽が燃えちゃったら困るからあなたはここに居て」

「行ク! フィーネヲ一人ニ出来ナイ!」

「大丈夫。ちゃんと調べてきたの。こっちよ」


 そう言ってフィーネは麓から少し離れた林に入ると、そこにあった小さな湖に躊躇うことなく入って行った。本当に、根性だけはある。


「……リコ、タマニフィーネガ怖イ……」


 リコが止める間もなく湖に突入したフィーネを見てリコが呟く。その言葉に思わずゼルヴァもスタンレーも頷いてしまう。


 湖からずぶ濡れで上がってきたフィーネは水筒に水を汲み、また麓へと戻っていく。


 そしてしばらく何かを探していたかと思うと、灰が積もった場所に小さな新芽を見つけてしゃがみ込んだ。


「なんだ?」

「分かりません」


 影の中からではフィーネが何をしようとしているのかよく見えない。

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