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第11話 前々日の聖夜(終話)

現代アート演習~ 前々日の聖夜~ (第終話)




いままつ






 それから大学に戻ると、部室ではなく、芸犯の顧問をしている種田先生の研究室のドアを円先輩はノックした。中から、はーい、という声が聞こえた。時刻は二十時。こんな時間まで種田先生は何をしているのだろう?


「失礼します」


「おやおや~。こぞってど~うしたんだい?」独特な間延びした口調が先生の特徴だ。


「実はお願いがあって来ました」円先輩が一歩踏み入れて言う。「まず、大地字が履修している『現代アート演習』の授業内容を変更してもらうよう、担当の先生と交渉してもらいたいのです」


「は?」この間の抜けた声は私か拓哉先輩か。しかし、種田先生のものではなかった。


 種田先生が、コキッと首を鳴らした。「君がそんなことを言うとは。それなりの理由があるんだろうね?」


「はい。とある男の子の夢を叶えるためです。彼はサンタが来るのを夢見ています。理由はそれだけではありません。……」


 私と拓哉先輩は言葉を失った。


「ふむ。理由は分かりましたよ~円君。それで、具体的な見返りはあるのですか?」


 見返り?


「まさか、ここまで頼み込んで何もないということはないでしょう?」


 種田先生はその温厚さと優しさで人々に接している。しかし、皮を一つ捲るとそこには冷徹で抑圧的な顔がある。実質、この大学で学長を超えるナンバー1の権力を握り、度々、私たちはそれを隠れ蓑に事件の捜査をしてきた。


 そのツケもあるのだろう。


「そうですね。見返りは……」そう言うと、円先輩は私の肩を抱き寄せた。一瞬、キュッと胸が締め付けられた。


 何? このドキドキは……?


 そう思っていると「見返りは、大地字の作るデザートです」と言った。


 ん? 私のデザートと言ったか?


「大地字さんのデザートは美味しいですからね~。いいでしょう。掛け合ってみましょう」


「ありがとうございます」そう言い、私たちは教授の部屋を出た。


「円先輩。なんで私のスイーツがツケの代償なんですか?」少しご立腹を主張した。


「じゃあ、すばる君はあのままでいいのか?」そう言われると困ってしまう。


「それよりも、現代アート演習、しっかりやれよ」


「ミホちゃんなら大丈夫だよ。ねー」拓哉先輩の風船のように軽い尻を叩いてやろうかと思ったが、今はそれどころではない。円先輩の言うように、現代アート演習に真剣に取り組まないといけないといけないのだ。今やっている大道芸人のようなバルーンアートはひとまず置いといて、大規模な作品制作が求められる。


 気を引き締めなければならないことだけはわかった。




***




 十二月二十三日。


 三田病院の二階入院棟で、中庭を覗こうとしている車椅子の男の子がいた。しかし、中庭は一ヶ月前からガラスに白いフィルムが貼られ、中が見ることが出来ないようになっていた。


「今日もだ」そう言いたげに、男の子は眉を下げた。


「すばる君」私は明るめに調子の声で呼びかけた。


「あ、お姉ちゃん」


「今日も中庭を見ていたの?」


「うん。でも見れないんだ。『工事』って看護婦さんは言ってるんだけど……」


 私は一度頷く。「大丈夫。工事は終わったよ」


「え……?」すばるは、またもや眉を下げた。


「見てて」そう言うと、私はトランシーバーを取り出して言う。「カウントダウン開始! 五、四、三、二、一、ゼロ!」


 その瞬間、中庭を覆っていたフィルムが一斉に剝がされた。そこに現れたのは、大きなトナカイのソリに乗る赤いサンタクロース。足元には、これまた大きな雪だるまたちとプレゼントの入った箱の数々が電飾で赤や青、緑、紫などカラフルにライトアップされた。


 ざわざわと中庭が見える位置に人々が集まり始めた。そして、その陰に姿をくらまそうとしている人物がいた。


「どちらへ行くのですか? すばる君のお母さん?」円先輩の突き刺すような声がした。


相手はすばる君の母親だった。「な、何ですか、あなたたちは?」


「我々は盛岩総合芸術大学の芸術犯罪解決サークルの者です。その手に持っているモノは、いったい何ですか?」


 母親はサッと背中に左腕を隠したが、拓哉先輩が素早く動き、そのモノを取り上げた。


「円、『鉄粉』と書いてあるで。しかも五袋も」


「やはり『鉄中毒』。そして、あなたは『代理性ミュンヒハウゼン症候群』ですね?」


「円先輩。『代理性ミュンヒハウゼン症候群』とは何ですか?」私は疑問を口にした。


 円先輩は私に視線を向けた。


「通常『ミュンヒハウゼン症候群』は、自分を傷付けて周囲の同情や憐みの感情を引き出すのだが、『代理性ミュンヒハウゼン症候群』は、自分ではない人物に危害を加え、その人物を擁護することで間接的に同情や憐みを引き出す精神障害だ。『すばる君の入院大変ね。よく頑張っているわね』がその例だ」


 すると、私たちの背後に若い警察官と一人の中年女性がやって来た。女性は「児童相談所の者です」と名乗った。


 母親はその場に泣き崩れた。


 一段と観衆の湧く声が響いた。私は何事かと思い見に行くと夜空からゆっくりと、粉雪が降ってきていた。これが今季初の雪だった。


 クリスマスの前前夜に、一足早いプレゼントが届いたのだ。




***




 年を跨いだ一月。まだ冬休みだが、休み中にやらなければならないことが私にはあった。


「どうぞ。今回は奮発してブッフェ形式にしてみました」


 一週間後の日曜日の正午。芸犯の部室には甘い香りが立ち込めた。数種類のケーキを始め、タルト、シュークリーム、パンケーキ、プリン、クッキー、焼きドーナツ、そして、小ぶりだがパフェを用意した。すべては種田先生への『見返り』である。


 本当ならここまで大規模なものにしなくても良かったのだが、棚田先生へのツケだ。手を抜いたら、実質この大学のすべてを牛耳っている先生だ、何をされるか分からない。末恐ろしいことこの上なし。


「凄いですね~、大地字さん。甘い香りがします」少々間延びした声の主は種田先生だ。


「先生のために奮発しました」


「でも、この量をどうやって運んだんだ?」円先輩。


「偶然、車を持っている友人がいたので頼みました」


「おいひー」拓哉先輩が泣きながら叫ぶ。


「あ! 種田先生が先ですよ、拓哉先輩!」


 そんなこんなで、意外と楽しいパーティーが始まった。


(了)

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