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第12話 西洋美術史Ⅱ~疑惑の成績~

西洋美術史Ⅱ~疑惑の成績~(1話)


いままつ




「油絵学科一年B組二十五番の大地字ミホです」そう名乗ると、気だるそうなスーツ姿の男性はデスクから立ち上がり、「はあ」と気だるそうに息を吐くと、気だるそうに目の前の紙束を捲り、気だるそうに一枚の紙を渡して来た。


「ありがとうございます」イラっとしていたが、至極丁寧に謝辞をする。


 紙の冒頭には「××年度成績表」と書かれていた。


 恐る恐る目を走らせる。結果、ほとんどの科目の単位は取れていた。『例外』を除いて。


 必修科目……


西洋美術史Ⅱ―……


F(不可)!


 私は気を失いそうなほど、ふらついた。実際、貧血になっていたのではないだろうか。殴られてはいないが、脳震盪を起こしたかと思うほどの衝撃を受けた。きっと私の顔色は真っ青だったろう。


 必修科目を落とした――その事実のショックは予想以上に大きかった。


 トボトボと食堂に移動する。こうなったら焼け食いでもしてやろうか、と思ったが大学の食堂ではそれもどこか貧層である。


「ミホ!」そう、私の名前を呼ぶのは由里だった。カンナと飛鳥先輩もいた。みな成績表を手にしていた。「成績、どうだった?」


「う~ん」私は周囲を見た。今いるところは四人が集まるには、少々手狭な場所だった。他の学生もいる。


「場所、変えよっか」そう提案する。




***




「せーの!」その無駄な勢いに合わせて、私たちは成績表を開いて見せた。


 私「西洋美術史Ⅱ、不可」


 由里「西洋美術史Ⅱ、不可」


 カンナ「西洋美術史Ⅱ、不可」


 飛鳥先輩「西洋美術史Ⅱ、不可」……。




「全員不可⁉」私は叫んだ。飛鳥先輩はまだしも、三人が全員落とすとは思っても見なかったからだ。


 そこへ大柄な男性がやってくる。「どうした?」


「うわお‼ 円先輩、何でここに?」


「ここは芸犯の部室だ。お前たちこそ、何でここにいる?」


「いえ、その、場所が欲しくて」


「場所?」環円先輩が首を傾げる。


「ああ、今日は成績発表の日だったね~。どうだった?」石井拓哉先輩がいつの間にかいた。忍者か?


「その、ちょっと勘弁を――」という隣で「円さん、拓哉さん、見てくださいよ、これ!」と飛鳥先輩が自分の成績表をテーブルに叩きつけた。


 飛鳥先輩の成績表は、ほとんどが『Ⅽ』評価で、たまに『B』評価があり、その上の『A』や『S』評価は一つもなく、一番多かったのが『F(不可)』であった。


 入学する大学間違えたのでは――? 事実、飛鳥先輩は芸術学部系ではなく教養系の学部が適していると思われる。


正直、そう思ってもおかしくはない。そして、それはこの場全員の総意だとも思えた。


「それで、大地字はどうだったんだ? 見せてみろ」


「え~」嫌な顔をしてみる。ただでさえ下僕のように毎日お菓子を作っているのに成績表を見せろだと? プライバシーだぞ。私的には裸を見られるのと同じぐらい恥ずかしいのだぞ。秀才に凡才の成績がどう映るのかは問題がある。


 明日からお茶請けは百円のビスケットにしよう、そう決めた。


「これです」


 私、由里、カンナの三人は『西洋美術史Ⅱ』以外の単位は取れていた。飛鳥先輩が「何でええええ!」と叫ぶのは置いとく。だいたい、「何で」と言われても頑張って勉強しての成果としての成績なのだから自分で自分を褒めたい。


『西洋美術史Ⅱ』は油絵学科で必修、彫刻学科でも選択必修科目に設定されている。つまり取得できなければ、卒業できないのである……。


 成績表を見比べていた円先輩が「拓哉、どう思う?」と話を振る。


「そうだね。三人そろって『F』評価って言うのは、ちょっと怪しいかも? しかも、一年生開講の『西洋美術史Ⅱ』でしょ? そんなに難しい科目じゃないんだけどね」


「あの~、私は論外ですか?」と飛鳥先輩が言うが、それも論外らしい。


「ちょっと、リサーチする必要があるな」


(続く)

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