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第14話 西洋美術史Ⅱ~疑惑の成績~ 3話

西洋美術史Ⅱ~疑惑の成績~(3話)


いままつ




 私たちは教授室のドアをノックした。「は~い~」と、どこか間延びした声が中から返って来た。


「失礼します。種田先生」


 種田教授。芸術心理学科の一教授でありながらも、実質的にこの大学を牛耳っている、怒らせると末恐ろしい存在である。そして、なぜ円先輩がここへ来たかと言うと二つの理由が考えられた。




①   芸犯の顧問が種田教授だから。


②   これから立ち向かうのが巾教授だからだ。




種田教授は読んでいた本を閉じると、本棚に戻し、改めてこちらを見た。「随分大勢で来ましたね」そう言うと、「ホホホ」と笑い返した。まるで梟だ。


「種田先生。この大学において死活問題が生じました」


 すると、種田教授は笑うのを止め、真っすぐに私たちを見た。




***




 巾教授は引っ越しでもするかのように、教授室でいくつもの段ボール箱に大量の紙束を詰め込んでいた。


「よっこらせ」


「その箱をどうするんですか?」


 円先輩がそう言うと、巾教授はハッと顔を上げた。その反動で段ボールを床に落とした。素早く拓哉先輩が段ボールを回収する。


「やっぱりそうだよ! レポート用紙だよ、ほら!」


 円先輩が、その中の一冊を手に取る。


「このレポート……採点されていないようですが?」


「そ、そそ、それは……!」


 そこへ「巾先生~」と間延びした声が響いてきた。ピリッと緊張感が私たちにも伝わって来た。


「た、種田先生……どうしてここへ」


「そんなことより~レポートは~採点したのですか~?」


 俯く巾先生。どうやら予想通りらしい。


「レポートは……採点していない」


 レポートを採点していなければ単位認定できない。だから『西洋美術史Ⅱ』を履修したほとんどの学生の評価が『F(不可)』評価だったのだ。




***




「巾先生……どうしてこんなことを?」


 巾先生は動かない。


 円先輩が「理由はこれさ」と言いながら、どこに持っていたのか、少し大きめの紙を広げて見せた。


「そ、それは!」巾先生が叫ぶように声を上げた。


「これは何ですか?」私は尋ねる。


「先生方の出勤簿のコピーさ」


「出勤簿?」


「そう。巾先生の出勤日、レポート提出期限の一月二十五日から二週間『忌引』となっています。事務の方から聞きました。奥様が亡くなられたそうですね」


そのためか。レポートを見る時間も心理的余裕もなかったのだろう。


だが、それは逃げにしかならない。レポートを評価しなくていい理由には、決してならない。


疑義を唱えようとする私たちを制したのは、誰であろう種田教授だった。


「あと一週間猶予を与えます。レポートを読んで採点してください。事務には手違いがあったと伝えますし、学生にも改めて正しい成績表を配布します」


 巾教授が顔を押さえ「ううう……あるがとうございます、種田教授」


 ただ、種田教授は声に力を込めて「あなたのためではありません。学生のためです。学生には、何の罪もありません」


「はい……」


(続く)

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