建築デザイン論 ~瓜二つの家~ (第2話)
問題が起きたのはつい先日、建築デザイン論の課題発表のときだった。課題は『今住んでいる住居の間取りを作図する』というものだった。
「私、実家暮らしなので、そのまま実家の図面を作図したんです。3LDKの3階建て。父、母、私、弟の4人で暮らすのには、若干広々とした造りですが、それがかえってプライベートゾーンを持つのにはちょうどよかったのです。だから、私は家に何の不満もありません」
「それで、どうしたんですか?」私は待ち切れずに急かす。
しかし、その行為に対して、誰からも異議はなかった。
「同じなんです……」
「え……?」
「家の図面が、まるっきり同じだったんです!!」
湯水の話では、建築デザイン論の講義である男子学生が発表した図面が、湯水の家の図面と瓜二つなのだという。
「そんな事あるんですか? 円先輩」
「はっきりとはしないが、もし湯水の家が建築会社や設計会社の固定プランで作られたのなら、同じ住宅が作られている可能性は高いが……」
「でもよー、円」拓哉先輩が口を挟む。「円の言う固定プランで作られる家でも、地形や地域条件などによって若干の変更が見られるはずだぞ。まったくの一緒というのには疑問が残るぞ」
すると、珍しく拓哉先輩の発言に対して円先輩は「ふむ」と肯定した。
私は驚いた。こんな事があっていいのか? 拓哉先輩が、あの拓哉先輩が、円先輩の反論を防いだのだ。
しかし、湯水先輩は頭を振る。「私の家は祖父の代から続く家なので、固定プランで作られてはいないのです」
「え? 築年数は何年なのですか?」私はとっさに聞いてしまった。
「たぶん、60〜70年は経っているかと思います」
それが本当ならば、まったく同じ住宅を造ることは不可能に近いであろう。当時の建築技術だけでなく、取り巻く環境がそもそも現代とは異なる。
「そのーー」円先輩が話を進める。「住居図を描いたのは誰だ?」
※※※
志村忠則。湯水が示した人物だ。
探すと食堂で友人と駄弁っていた。
「なんだ? あんたら」
急に現れた192センチと185センチの男たちに恐怖を覚えたようだ。
「あんた建築学科の志村だな。ちょっと訊きたいことがある」
「な、何だよ」
「ストーカーよ!きっとそうよ」
湯水先輩が口を出した。
「なんだ、湯水じゃねえか」
「志村くん、私の家を調べていたのよ。じゃないと、あんなに正確な私の家の製図なんて書けないわ!」
「ストーカー?製図?なんのことだ?」
ややこしくなってきた。私が事情を説明する。
「いや、あれは俺の実家の間取り図だ」
「嘘よ!」そう叫ぶと湯水先輩は食堂を走り出ていってしまった。
「よー、志村。ストーカーか?」見ていた周囲が囃し立てる。
「チゲーよ。囃し立てんな!!」
「ちなみに志村さんのご実家はどちらですか?」
「岩手県だが……これでも旧家の出自なもんで」いらない情報が鼻を突く。
「最近、あなたの周囲でおかしなことはありませんでしたか?」
「おかしなこと?」志村は少し思い出そうとしている。私は円先輩がなぜ志村先輩に聞いているのか不思議だった。
「例えば部屋の鍵をなくしたりしませんでしたか?」
鍵?
「ああ、アパートの部屋の鍵を落として、その日の午後に学生部に届いていたよ」
「そうですか。他に変わった点はありませんでしたか?」
「いや、特にないけどな」
「そうですか……」
円先輩は何を考えているのか、皆目見当がつかない。
(続く)