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第20話塑像製作演習~轆轤の罠~(1)

塑像製作演習~轆轤の罠~(1)

いままつ



私は彫刻科2年の風間カンナ。19歳の161センチ、体重シークレット。自分で言うのもあれだが、物静かな美女子―—

カサカサカサカサ……

この物音は!

「いやー! ゴキブリー‼‼」

私は跳び上がった。私だってうら若き一女子である。苦手なものはある。

と、そこへある男子学生が「エイヤー!」とハエたたきでゴキゴキを叩きのめした。

「風間さん。もう大丈夫だよ」

「で、でも、まだいるかも……」ゴキブリの生命力はすさまじいものである。一匹いれば何十匹と家族生活を送っているという。

そのゴキブリを退治してくれた男子学生は『原田牧市』といった。同じ学科なのだから当たり前なのだが、1年生のときから専門科目で一緒になることの多かった学生だ。専門科目が格段に多くなった2年生になってからは、ほぼ毎日のように顔を合わせている。

「大丈夫だよ。それに……」

それに……? 

「風間さん、今日スカートだし」

ゲゲゲゲゲ‼

スカートの一部がめくれ、あられもない姿になっていた。

私はとっさに「ぎゃああああ! 見るなぁ!」と原田くんの顔面を殴りつけた。


***


「それで、私に何をしろと?」

ここは芸術犯罪解決サークル、通称『芸犯』の部室である。時刻は16時。うら若き女子たちが押し寄せていた。

今、事の成り行きを親友のカンナから聞いたところである。そのカンナと言えば、床におでこをつけるが如く願ってきた。

「その、お菓子の作り方を教えてほしいの」

お菓子?

「でですけクッキーじゃだめなの?」そう問うたのは部員ではない友人の同じ油絵学科の由里だ。『でですけ』とは、元はカンナが拾い上げた捨て猫であり、今ではカンナの愛猫である。その『でですけ』をモチーフに作られたのが、通称『でですけクッキー』ある。

「カンナちゃんのでですけクッキー美味しいよね。あ、ミホちゃんのクッキーもとても美味しいよ」そういうのは飛鳥先輩である。飛鳥先輩は単位欲しさに私の絵を模倣し、本物と偽って提出するという問題を引き起こした当の本人である。今はこうして女子グループの一員としてワイワイしているが、実は飛鳥先輩は必修単位を落としてしまい、留年したのである。だがそんな危機感を彼女から感じたことは一切ない。

「ん〜、まあ、十中八九、悪いのはカンナだからね。何かしら詫びはしないと。買ってきたお菓子じゃだめなの?」

「だめじゃないけど……それじゃ誠心誠意、謝っているとは見えないかと思って」

「確かに、その気持ちは分かるわ~」

「私も分かる~」

「確かに好きな人だからしっかり謝りたいわよね」

「ちょ、好きな人なんかじゃ……」

「違うの?」

「確かに優しいし、スタイルも顔も悪くないけど……でも、好きとかじゃないから!」

そう言うと、カンナは部室を飛び出していってしまった。

「もう。正直じゃないんだから」

そこにずいっと、長身の男が現れた。この人は環円先輩。大学院に通っている芸犯の部長である。

「なあ、お前ら別に集まりに使うなとは言わないが、事前に断り入って欲しいのだが」

「あー、はい。すみません。でも、今回は友人の緊急事態と言うことで」

と、ここで思った。

「円先輩。もらって嬉しいスイーツとかありますか?」

「何だ? 作ってくれるのか?」

「ただ訊いているだけです」

「そうだな。もらえれば何でも嬉しいが、今は夏だから冷たいものとかがいいんじゃないか?」

「なるほど。冷たいものですか」

「じゃあさじゃあさ」そう言いながら飛鳥先輩が提案してきた。

「それ良いかも」由里も賛同する。

「まあ、簡単に作れるから教えられるけど……。まずはカンナを捕まえないとね」


***


数日後。

「は、原田君……」

原田は「ん? なに、風間さん」そう、塑像製作演習の授業が終わったところで振り向いた原田が言う。

私は、手に持った紙袋を握りしめ、人気のないところへと原田を誘い出した。

「はい、これ」紙袋を手渡す。

「なに、これ?」

「このあいだ、ゴキブリを退治してくれたお礼」

「いやいや、あれぐらいでお礼されても、逆に僕の方が困っちゃうよ」

「いいから貰って……顔も殴っちゃったし」

 原田は紙袋を開き「わあ。プリンみたいだけど、小豆が乗ってるね。これ、何?」

「バ……ババロアよ。お口に合えばいいけれど」

「うん。ありがとう、風間さん」

そう言い、原田は立ち去った。

……あれ?

私は空になった自分の両手を見た。何故かというと、なんかこう、もっとドキドキするものだと思っていたからだ。

ちょっとした寂しさを感じていた。

(続く)



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