塑像製作演習~轆轤の罠~(2)
いままつ
とある日。昼食を摂ろうと購買へと向かい、サラダとサンドイッチを手にレジの長蛇の列に並んだ。と、前に並んでいる男子に見覚えがあった。
確か、原田君と言ったっけ。カンナの片思い中の。
その原田は私に気付かず、その前に並んでいる男子たちと談笑していた。
「そう言えば、牧市。この間、風間さんから何か貰ったよな。何をもらったんだ?」
ドキッとした。あのババロアを食べてくれたのだ。
カンナに代わって喜びを表現したかった。
「知らねーよ。すぐゴミ箱に捨てたからな」
私の心は、嘘のように一気に冷めた。
捨てた?
捨てたと言った? カンナのババロアを?
「何が入っていたぐらい確認しただろ? もったいぶらずに言えよ」
「他人が作った菓子なんて食えるかよ。吐き気がする。何が『お礼』だよ。もっと考えて用意しろよな」
ふつふつと怒りが込み上げてきたが、これをカンナが知ったら、どう感じるのだろうと思うと、踏みとどまることが出来た。
だが、同時に、どうカンナに伝えようかとも思った。
会計を済ませ、私はいつものように部室へと向かった。
「あ、ミホちゃん。待ってたよ。……どうしたの? 暗い顔して」
彼女は飛鳥先輩だ。今日も真っ黒な烏のような服を着ている。
「え? ええ、ちょっと。実は――」と、さきほどの経緯を話した。
「それって……」飛鳥先輩にも伝わったようだ。
「それ、本当?」
見るとカンナと由里がドアのところに立っていた。
聞かせるつもりはなかったが、聞かれてしまった。
「あ、いや、その……聞いてしまったの、偶然」
「フッ……」
「カンナ? 怒ってない?」
「メチャクチャ怒っているわよ。でも、これで引き下がると思ってもらっちゃあ困るわね。一泡吹かせてやらないと」
「そうねえ。思いっきしぶん殴るとか?」
「暴力反対! 停学処分になるわ」
「じゃあ、どうする?」
うーん、と、考えていると、拓哉先輩がやって来た。拓哉先輩は円先輩と同じく大学院に通っている。
「わお! 女子オンリーじゃん。ん? なんか暗いな」
気は乗らなかったが拓哉先輩に事の成り行きを離した。すると、拓哉先輩は、ニヤリと微笑んだ。
「カンナちゃん。塑像製作演習では、今何を作っているんだい?」
「え? 轆轤(ろくろ)で土製器を作ってます」
「じゃあ、その中に――を入れてみて」
「なるほど。聞いたことあります」
「やっちゃえやっちゃえ」
***
次の塑像製作演習。
「うわー! 何だこれ!」そう叫ぶのは、誰であろう政市本人である。何故ならば、彼の作品の中には、うじゃうじゃとゴキブリが巣を作って蠢いているからである。
拓哉先輩は言う。「食べ物には、食べ物で復讐さ」
「食べ物で復讐……何か妙案はあるのですか?」
ふふふ、と笑った。ぶん殴ってやりたいが、ここは乙女。静かにする。
塑像製作演習で作っている原田政市の作品の中に、特製ババロアとホウ酸を入れるのだという。
「何でババロアを?」
「食べ物の恨みは恐ろしいと、昔から言うだろ? それを身を持って分からせるのさ」
手順は増えるが、しかしとしては面白いかもと、も思った。
そして、今、原田の粘土で作った作りかけの器の中にはゴキブリが軟十匹も巣を作って蠢いていた。
政市はどうすることもできず、完成間近の作品を捨てることとなった。
(続く)