装飾美術 ~天使の泪~(1)
いままつ
私が通う私立盛岩総合芸術大学において、人気ナンバーワンの講義がある。つまり美術学部のみならず音楽学部や文学部の学生も、学部の垣根を乗り越えて履修する科目があるのだ。
それは『装飾美学』という講義である。つまりを言うと、本物の宝石店の人が来てコレクションの宝石を見せびらかして帰っていく、という講義とも取れない講義であるし、単位試験もそれほど難しくない。興味本位と単位欲しさの学生が集まるのだ。
もちろん、私だって興味がないわけではない。ただ、きらびやかな宝石だけでなく、それを使って作られた宝飾品の本物をみることはきっとこれが最後だろうと思っているからだ。
私の人生において、本物の宝飾品は将来の旦那さんからもらう婚約指輪か結婚指輪にとどまるだろう、そう思っていた。
「ねえ、ミホ。あのネックレス綺麗ね〜」
そういうのは同じ油絵学科の由里である。由里は確か私とは別の作品制作の授業をとっており、こんな呑気にジュエリーを観ている暇はないはずなのだが、大丈夫だろうか?
「私はあっちのイヤリングの大きな宝石が気になるわ〜」
ため息混じりにそういうのは彫刻科のカノンである。石を彫るのと宝石を磨くのには共通項があるのだろう。次々と出てくる宝石に「はぁ……」とため息を漏らしていた。
いつもなら、ここに飛鳥先輩が加わるのだが、留年していてもさすがにこの講義の単位は落とさなかったようで、今は居ない。それだけ、この講義の単位の取りやすさが理解できた。
「次に皆さんに見てもらいたいのが、このアクアマリンです。このアクアマリンはその出来栄えから『天使の泪』というタイトルがつけられております。」
「ブリリアンカットだわ」そうカノンは言う。やはり彫刻科。そういった、私がただ「綺麗ね」で終わるところとは違う視点で鑑賞している。
私はこの講義が行われている大講義室を見回した。普通の講義は教授や准教授などの先生が一人で行うのだが、この講義は違った。講師を務めるでっぷりとお腹を出した、いかにも『宝飾品店オーナー』といった壮年の杖をついた男性の他に、ジュラルミンケースを持ち歩いたり、中に入っている宝飾品を出し入れするスーツを着た男女、そして何より、講義が始まると大講義室の出入り口の鍵をかけ、2つあるドアの前に立ちはだかる2人の警備員。
過剰とも見られるかもしれないが、扱っているものがものだ。数億円する宝飾品を出し入れするのである。大学としても力を入れているのだろう。
(続)