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第30話装飾美術 ~天使の泪~(3)

装飾美術 ~天使の泪~(3)

いままつ


コンコンコン。

部室のドアがノックされた。

「円先輩、お客さんです」

「うむ。どうぞ」

ノックをした人物。スーツを着た、女性が入ってきた。私はその女性に見覚えがあった。

「あの、ここは『芸犯』という部室でしょうか?」

女性は、どことなく居心地が悪いような、視線が定まっていない。

「はい。そうですが、ひとまずこちらの席へどうぞ」

円先輩は女性を応接セットへと案内した。

私は女性に麦茶を出した。

女性は軽く会釈をした。

「初めに私から。私は環円。この芸犯の部長です。それから部員たちです。あなたは、見たところこの大学の方ではないようですが……?」

女性は頷く。

「私は和泉生実。『ジュエリー・マスミ』の秘書兼鑑定士勤めています」

円先輩は静かに問う。

「和泉さん、ここへ来たということは、何か案件があるのですよね?」

和泉さんは、一度視線を下げた。そこには先ほど置いた麦茶のグラスがある。景気よくカランッと氷がぶつかる音が響いた。

「実は『天使の泪』がなくなったのです」

数秒の間……。

「ええええええ!」

叫んだのは女子3人だった。

どういうことだ? 話が見えてこない。

「和泉さん。もう少し詳しく聞かせてください。『天使の泪』がなくなってしまったのですか?」

「は、はい」

和泉は緊張した面持ちを見せた。

「あれは、そう。『装飾美学』の講義を終えてオーナーと付き添いの警備員に守られながら、オーナー用に用意された控室に戻りました。扱っているものがものなので大学の方でも気を利かせたのだと思います。それから帰りの準備をしていると突然オーナーが『天使の泪』がない! と、叫んだんです」

まさか、そう思ってみると、アクアマリン『天使の泪』のイヤリングがあるはずのところにないのです。

「私は唖然とするしかありませんでした。そして、『和泉! お前がやったんだろ。今ならこの場で抑えてやるから!『天使の泪』を返すんだ』と述べてきたのです。

「ちなみに『装飾美学』に持ってくる宝石には保険金をかけてますよね」

和泉が頷く。保険金があるのだ。「いくらですか?」

「五億です」

「五億ですか。実物を見たことがないですが、宝石、しかも人気のある物にしては安い感じするのですが……?」

再び和泉が口を開く。

「実は『天使の泪』は我々のジュエリーショップのコレクションではないのです」

「と、いいますと、知り合いからのレンタルですか?」

和泉は頷く。

「本当の持ち主は資産家の洞口さんという方です。洞口さんも、元ジュエリーショップ店長だったのですが、数年前に店を畳んだのです。そのとき、販売しなかった指折りの品をコレクションとして、大切に保管されていたのです。それを『後進の育成のためになら』と快諾していただけたのです」

「それで、いつ、なくなったのに気づいたのですか?」

「控室に戻ったところで、オーナーがジュラルミンケースを開けたときです。急に「『天使の泪』がないぞ!」と叫んだのです。私びっくりしちゃって。だって『天使の泪』が入っていたのは、私が持っていたジュラルミンケースだったのですから」

「他になくなった宝石は?」

「いいえ。それは無事の確認が取れました」

「それじゃ、何故に『天使の泪』だけが狙われたのか捜査する必要があるな。和泉さん」

「は、はい!」

「『天使の泪』関係で不穏な動きはありませんでしたか?」

うーんと、和泉は記憶をたどった。

「あの、関係のないかもしれないことでも?」

「ええ、どうぞ」円先輩が促す。

「私、本店に勤めているのですが、ある日、真夏だと言うのに真っ黒にフードを被った男性が2人も訪れて、でも、彼らを見るなりオーナーは目の色を変えて奥の部屋へと誘導したんです。それから私に『お茶もお茶菓子もいらないから絶対に入らないでね』と言われてしまって。かれこれ二時間はいましたね」

「ふーん。なるほどね……」と円先輩は唸った。

(続)


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