装飾美術 ~天使の泪~(4)
いままつ
三十分後。私たちは講師室へと向かった。そこには装飾美学の講師を勤めていた男性と、もうひとりの秘書と思しき男性が立っていた。
「和泉。『天使の泪』は見つかったのか?」なんとも威圧的で乱雑な言葉遣いで問いかけてきた。
こんな男のもとでは働きたくない、私はそう直感的した。
「その、今調べてます」和泉は少し震えていた。男の声に怯んだのだろうか?
「調べる? 何を? 状況的にお前の管理不足が招いた結果じゃないか。いいか、この件について私はお前を処罰する。その意味は分かっているだろうな」
「は、は……」和泉さんが屈しようとしたとき、スッと彼女の前にすらっと腕が伸びた。円先輩だ。
「失礼。我々はこの大学の芸犯というサークルの者です。和泉さんから依頼を受けて参りました」
するとオーナーは訝しげに「芸犯? なんだそれは? そんな怪しいヤツらの相手などしていられるか」
しかし、円先輩も引き下がらない。「我々には学長からこの大学内での捜査権が認められています。それとも調べられて困ることでもあるのでしょうか?」
『学長』『捜査権』ということばが効いたのだろう。オーナーは顔を歪ませると「よかろう。『天使の泪』を見つけ出せればそれでいい」
「ありがとうございます。それではさっそく調べさせてもらいます。各自出動!」
その合図で、私たちはバラバラに散らばった。
※※※
講師室は広いわけでも狭いわけでもなかった。ただ、他の科目と異なり、数億という宝飾品を扱うにあたり、『装飾美学』専用の部屋となっている。
「あなたは?」私はスーツ姿の男性に話しかけた。男性は円先輩ほどではないが高身長で、髪を茶髪に染めていた。
「俺はオーナーのマネージャー兼宝飾品管理部部長の松田隼人といいます」そう言いながら松田は頭を下げた。つられて私も頭を下げる。
「オーナー。『天使の泪』がなくなっているのにはいつ気がついたのですか」円先輩は冷静に訊く。あくまでにこやかに。その証拠に、表面上はほほ笑んでいた。
「ふん! 講義を終えてこの部屋に戻ってきて宝飾品がなくなっていないかチェックしたときじゃよ」
「そのチェックはいつもここでされていたのですか?」
「そうじゃ」
「円〜。このジュラルミンケース怪しいぜ」
確かに拓哉先輩がいうのも頷ける。『天使の泪』を運んでいたジュラルミンケースならば、なにか仕掛けがしてあるかもしれない。
「開けてもらっても?」
オーナーは「ち。」と不快感を顕にしながら松田と和泉に「開いて見せてやれ」と言った。
二人はテーブルの上にジュラルミンケースを置くと、我々に見えるように開いた。
きらびやかだった。講義では多くの学生に一斉に見せるためにモニターごしでしか見れなかったが、実際に見ると、その数十倍は輝いて見えた。
「綺麗ね……」
「うん。綺麗ね……」私たちは息を呑んだ。
「お前ら、調べろ〜」円先輩。
私たちはなくなく「は〜い」と言い、ケースを調べた。
二重底じゃない。『天使の泪』を隠せそうなスペースは、ない。
「由里、そっちは?」由里は首を振る。無いようだ。
あれ? 私はなんだか違和感を感じた。それが何なのか、ハッキリとは、まだ分からないのだが。
「ねえ、由里、カンナ。何だか違和感を感じるんだけど……」すると由里とカンナも頷く。彼女たちも何かを察知しているのだ。
何だ? 考えろ、考えろ、考えろ!
そこで気がついた。
(続)