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第34話仏教美術 ~気になる男子(あのこ)~(1)

仏教美術 ~気になる男子(あのこ)~(1)

いままつ


「それでは大地字さん。日本の国宝第一号で、かつ世界遺産に登録されているのは、何ですか?」そう多田教授から発問された。

私は、さも当たり前のように「はい。姫路城です」と答えた。国宝で世界遺産なんてそれぐらいしか思いつかなかったからだ。

しかし多田教授は頷かなかった。

「残念ながら違います」

あれれ?

「正解は中尊寺金色堂です」

私は項垂れた。

知るか、そんなこと。そんな細かい情報、三千三百円もしたテキストにも書かれていないぞ。

……書いていない方がダメなのか?

この講義は『仏教美術』。受講生は学芸員課程の学生のみ。その他の学生も履修できるのだが、こんな専門的でコアな講義を履修する学生は稀だった。

実際、同じく学芸員課程を履修している彫刻科の風見カンナは、この講義を履修していない。

現に履修しているのは、私を含めて五人だけだった。どんだけ不人気なんだと、教授に問うてみたいが、そんなことしてヘソを曲げられてしまったは単位の取得が難しくなるだろう。

「あ、やべ、シャー芯がねぇ。ごめん大地字さん。シャー芯分けてない?」

そう頼み込んできたのは、偶然にも隣の席になった同じ油絵学科の片山田大毅くんだ。まあ、同じ油絵学科と言ってもクラスが異なるので、彼の存在を知ったのは、この講義を通してが始めてである。

知り合って間もないが、他意はなさそうだ。……まあ、シャー芯ぐらいいいか。

寛容な私は、筆箱からシャー芯の入ったケースを取り出した。

「はい、どうぞ」

「わあ、ありがとう」

無邪気に受け取る片山田くん。

片山田くん……いい人。そう思ったのは、不覚だった。

ただ、不意にそう思ったのは本当である。


※※※


「今よ! ミホ!」とカンナが叫んだ。

「今って、何が?」私はデザートのピスタチオクッキーをほおばった。

「彼氏よ。か・れ・し!」

私が「はあ?」というのと同時に、同じくお菓子を食べていた拓哉先輩と円先輩が啜っていた紅茶をブハ! と、思いっきり吹き出した。

「きゃー! 先輩たち汚いですよ!」そう、同じ油絵学科の友人の由里が叫ぶ。

「何か拭くもの〜……」そう飛鳥先輩がふらりと立ち上がる。

一気に芸犯の部室はカオスとかした。

「いや、すまん」

「ごめん、ごめん」

先輩たちは平謝りだ。

「でもカンナ〜。そんなこと言っても、なんかあんたの二の舞になりそうな気がするんだけど……」

カンナは心にグサリと矢が刺さったかのように悶えた。

そう、カンナも授業で知り合ったイケメンに告白したのだが、プレゼントで渡したお手製ババロアを直でゴミ箱に捨てられ仕返しをしたのだった。

「ま、まぁ、あれはあれで若気の至りというか……。ああ、もう。私のバカ。こんなイベントがあるなら『仏教美術』を履修しておけばよかった」

「……カンナ、あんた、ちょっと遊んでない?」

 カンナは首を振る。

「最愛の友人の恋をこの目で見届けるのは私の使命なのよ。これは決して五歳児のお遊びとは違うわ。恋よ! 愛よ! 青春よ!」

 私は頭を抱えた。

飛鳥先輩が「とにかく、その片山田とか言う人はどんな人ですか?」

どんな人?

「えーと、どんな人って、身長は百七十五センチメートルぐらい、体形は普通かな? 性格はさっぱりしていて、笑顔がキュートね。でてすけみたいな猫系男子って感じ」

『でですけ』とはカンナが飼っている愛猫である。

カンナと由里が視線を交わした。

「つまり百九十二センチメートルの高身長でコワモテでなく、それほどイケメンではないけれども猫のような可愛らしさを持ち合わせた男子というわけね」

「ミホと身長が近い分、親しみやすさがあるかもね」

「う〜ん、そうねぇ……今のところはいい友達って感じ」

カンナが勢いよく立ち上がる。それに驚き、今度は飛鳥先輩がウーロン茶を零した。

カンナが「ミホは詰めが甘い!」と迫ってきた。

「いい男はすぐに取られるんだからね」

 いい男子?

「あ、あのね。私は片山田くんをそんな目では――」

「ようやく、ようやくミホにも春が訪れたのね」

「由里。その台詞、あんたにそのまま返すわ」

私は横目で円先輩を見た。円先輩はいつものようにクッキーを頬張っている。

本当は止めて欲しいんだけどな……

そんなふうに思っていても声に出さなければ伝わらない。

私はどうしたらいいのだろう?

(続)


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