仏教美術 ~気になる男子(あのこ)~(終話)
いままつ
帰路。
電車に揺られているうちに、隣に座る片山田くんはウトウトと眠り込んでいた。
――女の子残して先に帰ったら……カッコ悪いじゃん。
そんなこと言っときながら、まるで子どもね。
そんなふうに思っていると、目的の駅の一つ前の白沢駅に着いた。
あと一駅、と思っていると、私の二つ隣、片山田くんの隣に座っていた筋骨隆々の男性が、片山田くんの持っていたトートバッグをおもむろにつかみ駆け出したのだ。
一瞬、反応が遅れた私だったが、「誰か!」と叫ぶと、隣の車両から猛スピードで駆け出す人物がいた。食堂で見た黒スーツの人物だ。
その人物は犯人を捕らえると引きずり倒した。
「なんだてめぇ」
先に言われた。それはこっちの台詞だ。
犯人は起き上がると、盗んだ片山田くんのトートバッグを投げ捨て、ボクシングポーズを構えてみせた。するとスーツの男性もボクシングポーズを構えた。
「てめぇ……」
そう言うと、犯人は思いっきり右腕を振りかざして突進してきた。
だが、スーツの男性は、ヒラリと意図も容易く躱すと、お返しとでも言うように犯人の腹に強力なアッパーを喰らわせた。
よろめく犯人。しかし倒れない犯人。
犯人とスーツの男性の連撃が炸裂する。
当然、電車はストップ。駅員が警察を呼ぶ声が聞こえた。
犯人が振りかざした拳がスーツの男性の顔をかすめた。サングラスが砕け、その顔があらわになった。
「円先輩!」
スーツの男性は円先輩だった。
円先輩の右ストレートが犯人の顔面に入った!
犯人は、今度こそ、その場に崩れ落ちた。
※※※
次の日。
「円先輩、昨日はありがとうございました」そう言いながら、お手製のシフォンケーキを差し出した。
「……うむ……」そうとしか言わない。否定も肯定もしない。円先輩の好物がシフォンケーキだということは、これまでの経験で知っていた。下手なことを言って取り上げられたくはないのだろう。そこはちょっと考えが幼い。
「ホント、凄かったぁ、あの激闘」カンナが言う。
「ボクシングやっていたんですか?」由里が訊く。
すると、シフォンケーキを食べて「ウマ!」と言葉を零していた拓哉先輩が「以前、デッサンのときに言ったけど、円はスポーツなら何でもやるんだ。もちろんボクシングや空手もやっているさ。なー、円」
円先輩は無言でシフォンケーキを口にした。「うむ。旨い」
「だけど、ミホ、あんた私たちがつけていたというのに、そんなに驚いていないわね」
「うん。だって、飛鳥先輩がブルーのドレスを着ているのを見ちゃったからね。あ、つけて来たと気付いたの」
飛鳥先輩は、しまった、という顔をした。
そのとき、トントントンと部室のドアがノックされた。
「誰かしら?」飛鳥先輩がドアを開けた。
そこには片山田大毅くんが立っていた。「失礼します。環先輩はいらっしゃいますか?」
私が『この人』と私が指を差す。
片山田くんは円先輩へと近づき、思いっきり頭を下げた。
「環先輩。昨日はありがとうございました」
「ん? 大したことじゃない」
素直になればいいのに。
片山田くんは、何か覚悟を決めたように、もう一度、頭を下げた。
「もしよろければ、芸犯に入部させて下さい!」
私たちは声をそろえて「ええええええ!」と叫んでしまった。その中には円先輩もいた。先輩にとっても、これは意外だったようだ。
「環先輩、超カッコよかったです。俺も先輩のようになりたいです」
(終話・終)