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第4話 公爵令嬢と侯爵令嬢



 そうして、クリストファーとミラが立ち去ったいま。



 伯爵家の子息エリオットの前には、恐怖の侯爵令嬢イザベラと「あらあら」と言いながら現れた公爵令嬢ロザリンデがいる。


 エリオットは、短い人生が詰んだのを感じた。


 終わった――侯爵令嬢イザベラだけでも、無傷で切り抜けられる相手ではないというのに、そこに武闘派公爵令嬢ロザリンデが加わってしまった。


 現在は宰相を務めている公爵家ではあるが、ロマリア王国の建国以来、名だたる剣士、将軍を輩出してきた騎士家門である。


 ロザリンデもまた剣術大会では、家門の騎士たちに混じって上位に名を連ねる剣士なのだ。


 剣術はからきしのエリオットなど、瞬殺されるだろう。


 そのロザリンデの手元では、護身用だという折りたたみ式のナイフの刃が、出たり閉じたりしている。


 手慣れた様子で、器用に片手で凶器を弄びながら、イザベラに話しかける。


「てっきり殿下がいらっしゃるかと思ったのに……少し、来るのが遅かったわね。ごめんなさいね、イザベラ」


「いいえ、ロザリンデ。気にしないでちょうだい。招いていもない邪魔が入ることは、王城でもよくあったわ。まあ、彼らなりに、分があると思って入り込んできているのでしょう。話だけは聞いてみましょうか」


 話したくない。できることならエリオットは、このまま気絶してしまいたかった。


「それにしても、イザベラ。ずいぶんと顔色の悪い方とお話しをなさろうとしているのね。ちなみに、こちらはどなたかしら?」


「まあ、ロザリンデ。忘れたの? こちらはクリストファー殿下の側近で、ご学友でもあるオイラー伯爵家のエリオット卿よ。でも、そうね。最近は殿下と顔を合わせることもなかったから、おのずとエリオット卿のことを忘れてしまっても、無理はないわね。さほど目立つ方ではないから」


 グサリ。目に見えない刃が、挨拶がわりにと、まずは一太刀浴びせられた。


「あら、失礼ね。わたくし、どんなに疎遠になっても、優秀な方のお顔は覚えているのよ」


 クルクル、クルクル。パチン、パチン、パチン――


 公爵令嬢が持つにふさわしいかは別として、ナイフの握りには繊細な彫りの装飾が施されていた。


 柄頭にあいた穴に人差し指を通して、回転させていたロザリンデの流し目が、ナイフの刃先とともにピタリとエリオットに定まる。


「このわたくしが、うっかり忘れてしまうということは、イザベラのいうとりかしら、えーと、オラなんとか伯爵家のエイラット卿でしたかね」


 グサリッ。


 エリオットの急所に、また鋭い何かが刺さった。


「なんてね。冗談よ。ふふふ」


 クルクル、クルクル。パチン、パチン、パチン――


「ところで、エリオット卿。今日はひとまず見逃してあげましょうか。わたくしがここに来たのは、伯爵家の側近と話すためではないの。こう見えてわたくし、弱い者イジメはしない主義よ」


「まあ、ロザリンデ。それなら、エリオット卿と話をしようとしていたわたしが、弱い者イジメをしているみたいじゃないの」


「あら、ちがうのね。とっても顔色が悪そうだったから、てっきり、もうじわじわとはじめているのかと……ごめんなさいね。さてと、それなら今日は、わたくしの顔に免じて、この顔色の悪い方を見逃してあげてくださらない。このままここにいられたら、わたくしどんどん不機嫌になってしまって、手元のナイフを飛ばしてしまいそうよ。まちがいなく一撃で仕留めるわ」


「気をつけて、ロザリンデ。公爵家の貴女なら、伯爵家のひとりやふたり、闇に葬ったところで、何ごともないでしょうけれど……でも、そうね。貴女がそう言うのであれば、仕方がないわ。エリオット卿、お話はまた今度にしましょうか。それでは、ごきげんよう。わたしの気が変わらないうちに、さっさとお立ちになった方がよろしいかと」


 フラフラとした足取りのエリオットを、イザベラとロザリンデは見送った。


「もう、ロザリンデったら、貴女もたいがい意地悪ね。手元でクルクルさせて」

「まあ、イザベラ、よくいうわ。伯爵子息をあそこまで怖がらせて、お気の毒に……とは思わないけれど。だってそうでしょ。自分が仕える主の愚行を諫めることができないなんて、側近である必要があるかしら?」


「手厳しいわね。でも、正論だわ」


「そうでしょう。それで、わたくしの自慢の親友は、悪役令嬢たる片鱗を、あのふたりに見せられたのかしら?」


 逃げるように立ち去っていったクリストファーとミラを思い出して、 ふたたび頬杖をついたイザベラがほくそ笑む。


「上々よ。手ごたえがなさ過ぎて、拍子抜けしそうだったけど、ここで手をゆるめる気はさらさらないわ。どんな事情があるにせよ、あのふたりには、手と手を取り合って幸せになってもらわないと。まあ、そこが王城であるかどうかは、疑わしいところだけど。まあ、ふたりが望んでいるのなら、いいでしょう。わたしもしっかりと悪役を演じてあげないと」


「まあ、怖い。でも、すごくいいわ。久々に本来のイザベラ・ギルガルドに会えて、わたくし、本当に喜んでいるのよ」


「あら、ロザリンデだって、とても楽しそうだったわ。そのうち、本当にナイフを飛ばすかと思ったくらい。でも、わたしも久々にみて思ったわ。やっぱり貴女には、ヒラヒラした扇よりも、刃のある得物の方がお似合いね。ああ、長剣を手に構える貴女の雄姿をみたいわ」


 今度は、ロザリンデがほくそ笑んだ。


「それなら、はやく言ってちょうだい。ナイフじゃなくて長剣をクルクルさせたのに」


「そんなことをしたら、エリオット卿は本当に気絶したかもしれないわね」


「それも見たかったけれど、あれくらいでいいわ。そろそろ、寮に帰りついて、愚殿下と顔を突き合わせている頃かしら。『いったい、何があった?』とか言われているわね」


「ロザリンデ、それは、おおいにありえるわ」





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