家は無事に解放され、カフィも戻ってきた。
怒られると思ってビクビクしていたカフィだが、クリームは普通に出迎えていて、それがむしろ拍子抜けだったみたいだ。
ただ、兎偵察部隊は仕事が出来なかったとご立腹で、しきりに足ダンを繰り返してカフィを責めていた。悪い、こっちまではどうにもならない。
その後、改めて信玄について話をした。回復の効果があることだ。
『そのようなスライムは……いや……少々お待ちください』
クリームに聞いても覚えがないと言うし、カフィの方が詳しそうな気がして聞いてみると何かひっかかったようだ。席を立ち、リビングの棚から古い本を取り出してくる。
『魔物進化と系譜』と書かれたそれは魔物の進化について書かれた研究書らしい。
それをペラペラめくり、やがてスライムの項目にきたのだが……。
「多いな!」
家系図のような進化図はもはや網の目。進化条件は与えた物や注いだ魔力の質、更には生活環境まで多岐に渡る。いわく、スライムは雑食の最たるもので基本は魔素。だがそれ以外に取り込んだもので更に細かく細分化されるという。
その中でも稀少なものの中には最初カフィが疑った「ミラージュスライム」がいる。臆病な性格で、体を透明化することで擬態し敵を欺く。幻惑の魔法を周囲に放ち幻を見せるが、これは逃げるまでの時間稼ぎである。
「でもこいつは癒やしの力はないんだな」
呟きにカフィは頷き、更にページをめくる。そして聖魔という項目にある一つを開いた。
「セラフィムスライム?」
それはレアというよりは、もはや幻と呼べるレベルのスライムだった。
『聖地の水に住み、高い純度の魔素を長年浴び続け、進化を続ける中で発生する異常進化個体です。自我を持つ程の強い核に聖なる力……おそらく回復や状態異常回復などの聖属性魔法を保有しているのでしょう』
「それが、信玄の正体か?」
『ご主人様を癒した力。言葉は発しないまでも態度と色彩変化によって意志を伝えている。すなわち自我があるのです』
「ありえるな。この森はそれでなくとも魔素が高い。そこにある湖は高純度の魔素水で間違いない。穢れなき湧き水ならば聖地となっても可笑しくはないしな」
『加えてあの湖には時折、聖獣が降り立ち水を飲んで行きます。十分聖域でしょう』
元魔物と博識の言葉は説得力がある。虎之助は隣にいる信玄をマジマジと見た。
「お前、実はとんでもない奴だったんだな」
言うと、信玄は照れくさそうにほんのり赤くなり、触手で頭の上をポリポリ掻いた。
何にしても、これから湖を目指す虎之助達にとってこれほどの助けはない。このパーティで欠けているのは圧倒的に回復役だ。虎之助もクリームも回復系統の魔法やスキルは持っていなかったのだ。
「多少安心材料もできたが、圧倒的ってわけでもないな。準備はしっかりしないと」
治療を受けた感じ、信玄の回復には時間がかかる。今回はそれだけ酷い怪我だったというだけかもしれないが十分程度。その間動けないなら戦闘中は使えないと考えておかなければ。
『ポーションの調合をお勧めします。ご主人様のマジックバッグならば数が入るでしょう。材料は調剤室にございます』
「そうしよう」
「俺は休んで魔力を溜めておく。情けないぜ、あれだけで息切れなんてな」
対ケルベロス戦で不甲斐ないと感じたのは虎之助だけではなかったようだ。どうやらクリームもまた、至らなかったと思うらしい。
「昔はあの程度の魔法を使っても平気だったのに、今回は上級を使ったら体が鈍った。一度死んで、魔石が弱まったのかもしれない」
「そうなのか?」
虎之助にはそんな衰え感じはしなかったが、本人がそう言っているのだからそうなのだろう。それにしても、恐ろしい力だったが。
『落命が原因か、穢れが原因かわかりませんが……ご主人様、魔力の回復はお済みですか?』
「おう」
『では、魔力玉を作って与えてみてはいかがでしょう?』
「魔力玉?」
それはなんぞや。首を傾げる虎之助にカフィは近づき、両手を三角形になるように組んでみせる。そしてそこに魔力を集中して注ぎ込むと薄紫の結晶が出来た。昔理科の授業でやったミョウバンの結晶みたいな正八面体だ。
「このように、魔力を集めて固めたものです。他者に魔力を渡す事ができます」
見せてもらった結晶はとても綺麗だ。それを横合いから見ていたうさが欲しがったので、カフィの許可を得て与えてみたら食べた!
とにかくやってみようか。
言われた通りに集中してみる。こういうのは可愛い方がいいな。直ぐに思いつくのは金平糖だ。星のような形に色も様々でキラキラしていて……。
そんな事を考えていたからか、魔力玉は徐々に金平糖の形になっていく。色は乳白色のピンクだ。
「これが主の魔力玉か。見た事がない形だ」
クリームが珍しそうに覗き込む。それを見て、虎之助はクリームに渡した。
「食べてみてくれ。甘くなるように念じてみた」
「魔力玉に味はないと思うが……っ!」
言いながら同じように口に放り込んだ途端、クリームの目がクワッ! と見開かれる。
「甘い! 何故、いや味覚あるのかこの体。消化も出来ないのに味が……魔力が甘い!」
「苺ドロップをイメージした」
どうやら成功のようだ。満面の笑みでピースサインを送ると視線が二つ。振り向くとカフィと信玄がジトリと見ていたので、同じく作って与えてみた。
『これは、葡萄ですか! ワインと同じ匂いが……初めて味を感じます!』
感激のカフィの下ではソーダ味の魔力玉を取り込み美味しそうに消化している信玄がいる。お気に召したようで何より。
これも彼らの進化や魔力補充になるということで、力の余っている時に少し作り溜めすることに決まったのだった。
同時に気になったのは信玄が何故ここにきたのか。スライムは本来生息域をでたがらないらしい。そこが一番自分に合った場所であると同時に、安全な場所だからだ。
「考えられる事でいけば、縄張りが安全ではなくなったからだろうな」
「やっぱりそれか」
腕組みで考え込むクリームに虎之助も同意を示す。その中で、信玄はずっと青い色で固まっている。
「何かしらの強い外敵が棲みついて、元々住んでいた魔物を食い尽くしたり追い払ったりする事がある。普通はそう頻繁ではないが、何せこの森だからな」
『現在この家があるのはBクラスとAクラスの魔物が混ざり合う境目辺りです。そんな場所でもケルベロスが出たのです、あり得る事かと』
どうやらこの森はドーナツ状に大まかな魔物の棲み分けがされているようだ。
外側にはBクラスの比較的弱め……と言っても世の一般的には強い魔物がいる。その内側にA、更に内側にS……という感じで、中央にはもう何がいるのか検討がつかないという。
この家はその丁度境目で、森全体としてはまだ浅い場所にあるそうだ。
「それを踏まえて強化か……守護のアクセサリーなんかも増やしておくか」
この素材採集で犠牲者を出すわけにはいかない。カフィの核を取りにいく、そこで犠牲を出せばカフィが気に病む。
そうなると虎之助の装備は勿論、クリームや信玄にも強化や防御の装備を付ける必要性がある。
「クラフターの腕の見せ所か」
やってやろうじゃないか。
物作り職人の端くれとして、虎之助は鋭い笑みを見せた。
◇◆◇
それから更に四日ほどをかけて虎之助は手にした魔石と魔道具製作手順を見比べ、カフィにも相談しつつ装備を調えた。
クリームにはブルーファングというもの凄く牙の鋭い狼系の魔物の魔石で自動防御のネックレスを作った。八角形の深みのある青い魔石はどこかフェンリルの魔石にも似ていた。これを革紐に通して首に下げたのだが……ちょっと首輪っぽくもある気がする。
信玄はどうしたらいいかと思っていたが、取り込む事で効果があるようだ。なので、ミラージュスネークという擬態する大蛇の魔石で防御力と擬態能力を強化する魔石を作り取り込んでもらった。
見た目には消化されてしまったが効果はあるようで、鑑定してみたら数値が跳ね上がっていた。
虎之助自身は属性防御と剣の改良に勤しんだ。
元々使っている革の胸当てとグローブに水属性防御を上げるコートを施した。水属性の魔石に属性防御の魔法陣を書いて錬成釜に沈めて効果を移す作業。
同時に剣にアクセサリーを付ける。こちらは火属性だ。
湖に住むならおそらく水属性は持っている。これはカフィやクリームも頷いてくれた。予想でしかないが外れもしないだろう。
厄介な魔物が棲みついたと仮定して、水属性ならば対局の火には弱い。ケルベロス戦ではクリームの魔法がかなり効いていた。
幸い虎之助には火属性魔法の適性がある。まだ未熟だが、これを攻撃に使うのは今取れる戦法では一番効果がありそうだ。
こうして入念に準備を整えて、出発の朝。
昼食にとランチボックスを押し込んだカフィは酷く不安そうなままでいる。その頭を、虎之助はワシャッと撫でた。
「行ってくるな」
『っ! はい! 行ってらっしゃいませ』
執事よろしくきっちりと手を前にして頭を下げたカフィに見送られ、虎之助、クリーム、信玄の三人は絶望の森の湖を目指して進み出した。