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第22話 湖の主(2)

 湖へと向かう道は兎偵察部隊が大まかに筋を付けてくれていた。どうやら魔力玉は兎達にも効果があるようだ。既に各隊のリーダー兎はこちらの言っている事をある程度理解していると思われる。


 そんな事で順調に道なき道を行ける。先頭を青兎隊が行ってくれて、同時に警戒もしてくれる。臆病で弱いとは即ち索敵能力も高いということ。元が兎の魔物だからか、彼らの聴覚はとても優秀だ。


「順調すぎる。森の様子がおかしい」


 肩でダレたままのクリームが不審がって言う。これには虎之助も同意だった。


 この森は息をするように魔物の気配が入り乱れる。普通に歩いていても十分あればエンカウントするレベルの多さだ。そのくらい騒がしいのが普通。

 だが今は息を潜めるように静かで、三十分歩いてもまったく気配がなく、近付いてくる様子もない。こっちが異常だ。


「何かあるな」

「幸先が悪い。主は強者を引き寄せるのか?」

「俺はいたって平和が好きなんだがなぁ」


 このような事情と状況でなければ今まで集めた魔石や毛皮、素材で色々作りたいくらいだ。古いベッドカバーも作り直したいし、自分の服もいくつか仕立てたい。オーガの革を染めてコートを作るのもいい。


 まぁ、今はそれよりもやりたい事があるから優先度は低いが。


 そんな事を言っている間に木々の合間から光が差してきた。同時に涼しい空気もだ。

 だが途端に兎部隊は動かなくなり、オロオロし始めた。帰巣の命令は主の元に戻る事。既にその状態だから帰りたいのに帰れないのだろう。


「うさ部隊はここで身を隠して待機。最悪何かあればカフィの元に戻れ。特例として、契約条件よりも優先とする」


 これを言っておけば契約に反する行動でも彼らは動ける。本当なら自我を持ってもらって各々判断してくれると助かるんだが、流石にまだそこまで魔石が育っていないようだ。


 見れば信玄も硬くなっている。足が思うように進まないようだ。

 そんな信玄の側にしゃがみ込み、ツルンとした表面を撫でてやる。そこから、信玄の恐怖が伝わってきた。


「怖いならここにいるか? 信玄は戦闘向きじゃないし、いいぞ」


 微笑んで伝える。すると一瞬透明な体をフルフルッと震わせて、信玄がぴょんと前に出た。


「あの者は強いぞ、主」

「あぁ、そうみたいだな」


 こうして三人で森の先へと歩み出した。


 木々を抜けた先は広大な湖だった。森は開け湖面は陽光を浴びてキラキラと輝き、透明度が高いせいかある程度水の中が見える。

 だからこそ、気になるものが見えてしまった。

 ギリシャ神殿のような立派な柱や白い石材の瓦礫。うち捨てられたような、欠けた女神の像。


「ここには昔、何か建物があったのか?」

「あっても可笑しくはないな。こうした限界域は亜人族にとって畏怖であると同時に神聖な何かでもある。強いものに神が宿るといった思想もあったはずだ」


 日本でも厳しい自然の中に神社や祠があったりする。恐ろしい事を神の怒りと捉え、鎮める意図があったとか無かったとか。神が多すぎるからな、日本。

 これも、それに似た何かなのかもしれない。何にしてもそれならここが聖域だったというのも納得出来る。


 だが、それ以外は何も無い場所だ。景観として美しく、湖を渡る風が涼しく気持ちいいくらいだ。

 これなら目的の二枚貝を探して何事もなく帰れる。

 そう思った矢先、信玄が虎之助とクリームを触手で掴んで思い切り後方へとぶん投げた。


「っ!」


 直後、そこに向かって何かが真っ直ぐに飛んできた。いや、そんな優しい言葉では表せない。射貫くようなそれが通り過ぎた後は木が抉り取られていた。


「なんだ!」

「主、あれだ!」


 クリームが手で湖の上を指す。その先に目を凝らした虎之助もその異様な魔物を見つけて固まった。

 まるで、鎧を着た大蛇だった。

 サファイアのような青い鱗を持つ大蛇が湖面から頭だけを出していた。額には一本、水晶のような角を付けている。


「アビサル・サーペント! Sクラスの魔物だ!」


 警告を発するクリームに虎之助は苦笑いだ。こんなポンポンとSクラスの魔物が出てたまるか! というのと、場所が場所だからな……という諦めからだった。


 アビサル・サーペントはゆったりと体をくねらせると長大な体を大きく持ち上げる。

 体の全体が青い鱗で覆われている。それは日の当たり具合では金属的な光沢も持っている。それだけ硬い、ということなのだろう。

 だが森に隠れた虎之助達をまだ見失っている。大きな魔物にとって小さな獲物は見つけにくいというのは本当のようだ。


『鑑定!』


 目に魔力を集中させて見てみる。そして、更に絶望的な数値の差を知った。


「物理、魔法攻撃80%カット……厳しいな」


 それに……これはどういうことだ? 状態異常の所に『封じられし者』とある。この湖……いや、神殿に封じられていたのか?


「弱点はあるのか、主」


 クリームの問いかけに虎之助は頷き、スッと魔物の頭を指す。今では数十メートル上空だ。


「額の角だ。あそこを破壊すれば攻撃無効を30%まで落とせる」

「80%無効を考えると効果はあるが、それでもかなり防がれる。持久戦ではこちらが先に力尽きるぞ」

「あぁ」


 であれば、何かを考えなければならない。今虎之助達にあるのは防御のアクセサリー、火属性のアクセサリーをつけた剣、クリームの水と氷の魔法、虎之助の身体強化、信玄の回復くらいか。


「……クリーム、強い魔法を完璧に打つには時間がかかるか?」


 この問いに、クリームは驚きと同時に考え込む。テディのフォルムで頬に手を置いて難しい空気を出してくる。


「……おそらく、打つ事は可能だ。だが魔力を練る間、俺は無防備になる。集中が切れて魔力が霧散したらまたやり直しだ。しかも、放った後はしばし動けないかもしれない」


 それは想定内だ。今の所、クリームの魔法が最大火力であるのは否めない。


「分かった。俺があいつの角を破壊する。そのタイミングで特大の魔法を見舞ってくれ」

「そんな! 無茶だ主! 主は飛べぬし、あの巨体にダメージを入れる事も難しいのだぞ!」


 クリームの言いたい事は分かる。虎之助には飛行スキルも魔法もない。そして相手は湖のほぼ中央。攻撃を当てる事も至難の業だ。

 だが、それは一応考えてきたのだ。


「魔物寄せのポーションでヘイトを集める」

「危険過ぎる!」


 クリームはより一層批難めいた声を上げるが、虎之助には覚悟ができていた。

 相手は水の中である可能性が高い。ならばそこまで虎之助自身が到達できない状況も考えられる。ゲームでもフィールド条件の厳しいものはそれなりにある。

 この場合取れる手は少ない。遠距離攻撃は現状手段がない。相手のフィールドにあえて飛び込むのは、おそらく即死。ならば相手をこちらのフィールドに引き寄せるのが一番可能性がある。

 その為にこっそり、魔物寄せのポーションを作っていたのだ。


 加えて鑑定眼の結果も引っかかる。


「信玄、頼まれてくれるか?」


 虎之助の問いかけに信玄は僅かに円錐の形になり、先端を傾げる。首を傾げる仕草なのだろう、最近クリームを見て真似るようになった。


「俺とクリームが地上であのデカいのを引き付ける。その間に信玄は水の中に入って神殿の内部や妙な物が無いかを調べてくれ」


 この頼みに信玄は一瞬竦むように震えた。だが、これがわざわざ状態異常で出たのには理由がある。おそらく、細い細い勝機を掴む何かだ。


「どういうことだ?」

「奴を鑑定した時、状態異常の所に『封じられし者』と出た。もしかしたらだが、この湖や神殿の内部にはあれを封じていた何かがあるんじゃないか?」

「なるほど、それを起動させればもしや」

「あぁ」


 そしてこの水の中で自由に動けるのは信玄だけだ。

 信玄を見ると怯えている。だが虎之助の話を聞いて奮い立ったようで、青色のままだが頷いた。


「手順としてはこうだ。俺とクリームでまずは注意を引いておく。その間に信玄が探索を行い、何かが見つかれば起動。ダメなら俺がゴリ押しする。その後、角の破壊が出来た所でクリームが極大魔法を放ってくれ」

「……分かった。魔法の溜めに三分程かかる。その間の時間をもらうぞ」

「随分短いな。了解だ」


 魔法を練る時間三分。想像よりは短いが、実際にはそれなりにある。カップラーメンが食べたくて待っている時間が長いと感じる事もあるのだから。


「この戦いで犠牲は出せない。だが、あれはもう認識されれば逃げられないだろう。覚悟と気合い、入れていくぞ」

「おー!」


 俺の手の上にもふっとした白いぬいぐるみの手が、その上から透明な触手が重なって気合いの円陣が組まれる。声をあげ、誓い合って信玄は認知されにくい場所へと移動。虎之助とクリームはアビサル・サーペントの視線からやや外れた所に出た。


「主、魔物寄せはまだ使うな。まずは二人でだ」

「分かった」


 ポーションを使おうとするとクリームがそれを押しとどめる。まずは二人で、その言葉に後押しされ、二人は遮るもののない場所へと踊りでる。

 そこに、探していたのだろうサーペントの視線が向いた。


「キイイイィィィィ!」


 大きく赤い口をいっぱいに開けて放たれた咆哮は湖面を激しく揺らす。金属的なそれは耳が痛くなるような音と不快感があった。


「来るぞ!」

「っ!」


 口の中が真っ青に光り染まっていく。そして次の瞬間には、その口から高圧力の水砲が一直線に放たれた。


 身体強化された体で横に飛んだ虎之助は自分が立っていた場所が無惨に抉られているのを見て肝を冷やす。先程木々を抉り取ったのはこの攻撃だ。


「当たったら体吹き飛ぶな」


 まったく、異世界でただ可愛いカフェを開きたいという平穏な夢を叶えたいだけだっていうのに、真逆の事をしている。

 呆れながら、それでも虎之助は笑った。


「家族は大事にが、我が家のモットーだしな」


 そう言って、虎之助は剣を突きつけた。


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