『あの、ポンッて音腹立つよな~。こっちは満身創痍だ! 空気読めっての!』
「わかる」
現在、まだ湖畔にいる虎之助は傷だらけのクリームを膝に乗せて撫でている。微量の魔力をこめて。これが一番の治療になると、手に入れた剣が教えてくれた。
「それで? お前はなんなんだ?」
『剣じゃね?』
「そうなんだけどな、剣は喋らん」
『だよな~』
こんな感じで既に五分経過。現在、湖に落ちたアビサル・サーペントの素材と目的の二枚貝を信玄が回収してくれている。魔力玉を沢山あげたら元気になってくれた。
『まず、名前か。俺自身はスルトって、生前の名前を名乗ってる。が、おそらく剣には違う名前がついてるな。多分、炎の剣だ』
「なんでそんな厄介な事になってる。そもそも、お前は人間だったのか?」
問いかけると、スルトは考え込むように『う~ん』と唸っている。どうやら困っているようだ。
『この剣は俺が生前使っていた剣だ。それに、俺の人格を移した聖剣にしたって所だな』
「そんな事が可能なのか?」
驚いて問うと、スルトは雰囲気だけで首を横に振った気がした。
『激ムズ。ってか、千五百年くらい前の時代の奇跡の鍛冶士が命削って作るレベル』
「そんなのが、なんでこんな湖の中にあるんだよ」
王家の宝物庫とかにあるレベルじゃないか。
言うと、スルトも困った感じだった。
『俺の生きてた時代は、まだこの辺は人の生活圏だったんだ。ここは魔神復活の時の激戦区でな。犠牲になった者の慰霊の為の神殿が建ってたんだ』
「魔神?」
そんなのがいたのか。この世界の歴史なんかはうといが、大変な事が起こっていたのだな。
『俺は一応、魔神討伐の勇者パーティーの一人で炎の剣士だった。その愛剣を聖剣に昇華して奉納したんだ』
「年月が経って、森がそういうものを飲み込んだのか」
『だろうな。ってか、久々目覚めたらヤバいなこの雰囲気。また魔神いるんじゃないのか?』
「居てもおかしくないからやめてくれ。フラグ立てんな」
溜息をついて言うと、スルトは可笑しそうに笑っている。
『懐かしいな、そういう話し方。お前、あれだろ? 異世界からの召喚者。異世界人ってやつだ』
「!」
この言葉に虎之助は驚いた。一応、この事は神ネオとクリーム、そして事前に事情を知らせているカフィしか知らないのに。
目を丸くする虎之助を笑うように、スルトは空気を揺らしている。
『驚いたか』
「あぁ」
『だろうな。種明かしとしては、俺達勇者パーティーの勇者様が異世界人だったんだよ』
「そうなのか!」
この辺りの事はまったく知らない虎之助はびっくりだ。ネオは「特例」と言っていたが、それよりも前に勇者が異世界から召喚されていたのか。
『まぁ、もうかなり昔だからな。魔神も討伐して、俺達もそれぞれ生きて普通に老いて死んだりしてるし。でも、何人かは俺と同じように使ってた武器に人格を移して封印されてるぜ。魔神復活を阻止する結界の要とか、色々だけどな』
「……待て、じゃあスルトは抜けちゃ駄目じゃないのか!」
ハッとして立ち上がり問うと、スルトはやっぱり笑っている。
今からでも返しに行こうかと手に持つが、今度はまったく抜ける気がない。何気なく地面に刺して立てただけだってのに。
『抜けねぇよ』
「なんでだよ!」
『俺の意志で抜ける抜けないは自由よ。今抜けたら湖に返すつもりだろ。や~なこった』
「お前な!」
剣に意志があるとこういうのが大変なのかとよく分かる。
そのまま何度か抜こうと力を入れたが無理で、結局諦め隣に腰を下ろした虎之助だった。
『まぁ待てって。封印は半分以上解けてた。だからこそあの蛇が住み着いたんだ』
「そうなのか?」
『あぁ。あいつは俺と一緒に封じられてた魔石が変化したもんだろう。そこそこ強い魔物の魔石を封じて守りにしていたはずだしな。それが、俺の抑えがきかなくなって復活したんだろうよ』
そうなれば、封印は何故解けかけていたのか。時間の経過による劣化の可能性もあれば、環境変化による破損の可能性もある。
何よりも懸念すべきは、ネオが言っていたこの世界全体の変化だ。
「この世界は、ゆっくりと滅びに向かっているらしい。神の視点からだと、わりと直ぐ」
『はぁん? なるほど? で、お前さんは面倒に巻き込まれたわけか。苦労するな、トラノスケ』
「俺はクラフターだ。職人だ。平和主義だ!」
『あんなデカ物退治して、そりゃ言い訳にしちゃ苦しいぜ』
そう、剣がゲラゲラ笑い声を上げた。
そうこうしていると信玄が色んな物を取り込んで一度戻ってくる。そのほとんどがアビサル・サーペントの素材だが、中には二枚貝と愛用の剣も混ざっていた。
「俺の剣!」
途中で手を離してしまって行方不明だったものだ。これはリーベの遺産で、カフィにとって大切な物。無くしたとあっては大変な事になる。
大事に手に持って腰に下げると、スルトがそれを繁々見ている気がした。剣の目は何処にあるんだ?
『いい剣だな。まだ育ちそうだが』
「剣が育つのか?」
『一部の剣はな。その剣は中心に魔石が嵌まっている。そいつに魔力を注いだり、素材を入れてやると育つぞ。まぁ、一気に強いの入れると折れるけどな』
この世界の武器もやはり魔石などが埋め込まれている物があるそうで、そういうのは魔石が育つと育つらしい。
『いいんじゃないか? お前と俺とは微妙に相性が合わない。それでもそこそこ使えるが、俺の全力は出せないだろ?』
「あぁ」
やはりスルトも感じていたのか。これは虎之助も感じていたことだった。
スルトを使った時、あのがむしゃらな状態では使う事が出来た。だがアレではこの武器の力を10%程度しか引き出せていない。なのに体への負担はかなり高かった。
武器と虎之助の相性がきっちりと合ってはいないんだ。
『そいつを育てていくのが、俺的にはお勧めだ。ほれ、いい素材もありそうだしよ』
「確かにな」
見つめる先には信玄が回収してきてくれたドロップ素材。しかも。もの凄い数がある。その中には虎之助がぶった斬った角がある。
『アビサル・サーペントの聖角
アビサル・サーペントの額にある角。魔力を蓄える性質が高い素材。剣の刀身としても用いられるレア素材』
見れば見るほど水晶のようだ。ということは、砕けばおそらく縦に割れる。魔法道具箱で石を砕く道具を取り出し、砕いてみるとドンピシャだ。長さ10センチ、太さは1センチくらいの欠片がポロリと落ちたので、虎之助は早速手に持った剣に近づけてみる。すると宝石部分からスルスルと中へ入っていった。
『普通それ、食わせるかよ。レア素材だぜ』
「俺は今のところ鍛冶の技能は持ってないからな。おっ!」
そんな話をしている間にも剣はまるで鼓動するように魔力を吐き出しては吸い込んでいる。そしてよりしっくりと手に馴染む感じがした。
『素材の価値観ぶっ壊れてるな。それ、売ったら王都に屋敷が建つぞ』
「ほぉ? カフェを建てる財源ができるか」
なんて話ながら他の素材も鑑定していくが……予想以上に上物ばかりだ。
『アビサル・サーペントの鎧鱗――硬く軽量で見た目も美しい事から装備素材として』
『アビサル・サーペントの肉――引き締まった肉質で美味。唐揚げにお勧め』
『アビサル・サーペントの魔石――Sランク魔物の魔石。自我あり。穢れ大』
その中に一つ、魔物由来ではなさそうな物が落ちていた。薄い石版のようで、表面には何やら複雑な線が書かれている。何よりこれだけ、名前以外が全て不明だった。
『封印の地へ』
名称と物を見ての予想だが……地図か何かか? しかも欠片で、これだけでは何も分からない。もっと言ってしまえば、まだ欠片が存在する可能性が高い。
……ネオに連絡取らなければならない案件だろうな。
それを思うだけで溜息が出る虎之助だった。
これらをとりあえずマジックバッグに詰め込んでいると、不意に身じろぐ気配を感じてそちらに目を向ける。そこではボロボロのクリームがモゾモゾと動いていた。
「クリーム!」
慌てて近付くと、クリームは取れそうな腕を庇いながら起き上がっていた。
「悪いな主、手間をかけてしまって」
「何を言っているんだ! 大丈夫なのか? 痛い所は」
「ぬいぐるみに痛覚はないから大丈夫だ。魔石も無事だから言葉は達者だが、いかんせん体が不自由だ。動きが上手く取れない」
「当たり前だ! 腕は取れかかっているし、片足も……っ」
それだけ時間が掛かってしまったから。
不甲斐なさに落ち込む虎之助の頭を無事な方の手でポンポンと撫でるクリームが、そっと笑ってこちらを見ていた。
「俺こそすまない。せっかく与えてくれた体をこんなにしてしまった」
「っ! 体はまた作る。フェンリルの毛皮はまだ沢山残っているし、壊れたパーツも直そう。丁度カフィの体も作るんだ、一緒に作り直すから」
「あぁ、頼む主」
もっと、強くならなければ。改めてそう思う虎之助だった。
アビサル・サーペントのドロップ品はあらかた回収し終えたらしい。信玄が持ってくるのは目的の二枚貝なのだが……。
「30センチ超え……」
今虎之助の目の前にあるのはホタテに似た巨大な二枚貝だ。そして鑑定の結果、可食であった。
とにかく中を探らなければ。持ってきていたナイフを貝の間に差し込みグリッと貝柱を殻を外すとパカンと口を開ける。
中から出てきたのは立派な貝柱だ。クリームがかった白い貝柱の大きさは15センチを超える。弾力もあり、食い応えがありそうである。
だが、中を探ってもそこから目的の物は出てこなかった。
『なーに探してるんだ?』
「輝虹石だ」
『なに? 妖精でも飼うわけ?』
「屋敷妖精を自由に歩けるようにしたい。今後、万が一拠点を移す事になった時にあいつだけを置いておけない」
強がるが、あれで寂しがり屋だと思う。リーベを失って傷ついている。もう、同じ事はさせない。
二枚目、三枚目と貝を開いていく。すると一つからコロンと何かが転がり出た。
それは乳白色で丸い、間違いなく真珠だった。だが……。
『小さいな』
「あぁ」
直径1.5センチ。地球ならこれでも大きく立派だが、カフィの精神体と魔力を入れるには耐えられない。
その後も続々と拾って届けてくれるが、どれも大きさが小さい。十個捌いて三つだ。
日が沈んでくる。夜になればまた森の様子が変わってくる。そろそろタイムリミットだ。
ここまできて、諦めなければならない悔しさに歯がみする。Sクラスの魔物を倒したんだから、また来ればいいという考えもある。だが、またいつそんな魔物が現れても可笑しくはない。ここは絶望の森なのだから。
心配そうに信玄が触手を伸ばし服の袖を引いている。それに力なく笑った虎之助は頭を撫でた。
「帰ろうか」
自分一人の思いでこれ以上仲間を危険に晒すのはダメだ。改めて。
そう、思っていた。
だが信玄はブルブルっと大きく震えぴょんぴょんと跳ね、そのまま湖へと飛び込んでしまった。
「信玄!」
慌てて名を呼ぶが遅い。もう姿も見えない。ハラハラして、自分も飛び込んで迎えに行くべきか悩んでいると。湖の真ん中辺りにキラキラ煌めく触手が二本伸びてきて、持っていた何かを全力でぶん投げた。
「んな!」
流石に回避! 慌てて逃げたその場所に巨大な二枚貝が降ってくる。直径は50センチくらいはあるだろうか。
ゴクリと喉が鳴る。万が一これに入っていなければ……いや、それを確かめもせずに考えてどうする!
ナイフを差し入れ、貝柱を切る。この大きさになるとナイフでは大変になってくるが一心不乱に貝を開け、貝柱の底を探る。その指先に、ツルンとした硬質なものが触れた。
「あ……た……」
取り出したのはピンポン球くらいありそうな、綺麗な丸い真珠だった。夕日に煌めき色を僅かに変えながら輝くそれはとても綺麗で……これまでの道のりをふと思い出すと笑顔と一緒に涙が出そうだ。
「信玄あった! あったぞ!」
声を上げると湖面に出ている触手がふにゃっと曲がってハートマークを作る。それを、虎之助も笑顔で見つめた。
「さぁ、帰ろう!」
スルトはマジックバッグに、クリームは腕に抱いて、隣には信玄がつく。こうして、長い長い一日が終わったのだった。