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第26話 前勇者と女神

 帰還の夜、十分に腹も満たされて眠りについた虎之助は就寝中に目覚めた。

 見渡す限り夜空の中に閉じ込められたような濃紺と星の世界は見覚えがある。神の領域だ。

 そしてここにいるだろう人物は一人しか覚えがない。


「ネオ」

「やぁ、こんばんは虎之助。異世界楽しんでる?」


 金髪に猫目の少年がニパッと笑う。そこに虎之助は近づき。両手に拳を作って両側頭部を挟み込むと力をこめてグリグリした。


「いがぁぁ!」

「てんめぇ、言ってない事多すぎるだろうがこのやろう! 色々説明しろ!」

「いだ! それ説明しに呼んだの! いた、いだいぃぃ!」


 ジタジタ暴れる少年神はガチの涙目になり、その後「ごめんなさいぃ」と言ったので許された。


「うぅ、酷いよぉ。ボク神様なんですけど!」

「ほぉん? んじゃ、神様の仕事きっちりしろな? ふざけてんのかこの野郎」

「ゴメン」


 胡座に肩肘をつき、もう片方の手で床をトントン。明らかに堅気の顔はしていない虎之助だった。


「まず、あのタブレットだ。もっと早く使い方教えとけや」

「付属品ね。でもあれ、万能じゃないから気をつけて」

「とっ、いうと?」


 今のところ万能過ぎる。調べ物が一発で出てくるアイテムは現代人には慣れすぎてむしろ無いと困る。

 けれどネオは真面目な顔で虎之助を見た。


「まず、多様な項目があるけれど表示条件がある。虎之助に基礎経験と技量がないと検索できない」

「ってことは、彫金やガラス、鍛冶なんかはどっかに弟子入りでもなんでもして基本技術を教えてもらわないとタブレットが使えないってことか」


 それはまぁ、納得できる。調べた所でそれらの技術が必要だと言われたら現状では実現できないだろう。

 直近でいくとアビサル・サーペントの角の使い道だ。


「それと、人前では使えない」

「……はぁ?」


 思わぬ事に問い返す虎之助。一方ネオの方は腰に手を当てて呆れ顔だ。


「当たり前じゃない。あれって世界中、古今東西の技術が検索できるものだよ? 使用者を虎之助に固定してるし、虎之助しか見えないけれど人前で出したらそもそも問題なの」

「……まぁ、理解はできるな」


 そもそもアレを含めて神器だからな。説明もできないし。

 なるほど、本は必要になるな。平時は本で調べ、そこでどうしても手に入らない情報はタブレットでこっそりか。面倒だが仕方がない。


「んで? このタイミングで俺の前に出てきたってことは、今回の魔物かスルトに関して何かあるんだろ?」


 虎之助がそう問うと、ネオも真面目な顔で頷いて座る。その様子はとても深刻なものだ。

 虎之助も聞きたかった。前の勇者について。魔神について。あの、謎のアイテムについて。


「色々話さないといけないんだけど、まずは始まりだよね」

「だな」

「……世界は運用が長ければ長いほど歪みが出る。その歪みが魔物を生み出している」


 そう、とても端的にネオは説明した。

 曰く、恨みや悲しみ、憎しみ、欲望という感情が溜まると魔物が産まれる。その魔物を人が倒すと魔石が残り、その魔石を自然と使う事でゆっくりと浄化され純粋な魔力となって世界に還っていく。一種の自浄作用なのだという。


「ただ、時々この枠を越えてしまうイレギュラー個体が産まれる事がある。それが、千五百年以上前に産まれた魔神ユノテだった」


 重く沈んだ声に迫力がある。見た目は少年だが間違い無く神なのだと分かる食う気が伝わり、虎之助は自然と息を潜める。それは、初めて対峙するネオだった。


「こういうイレギュラーは自然とこの世界の頂点に立ってしまう。だから緊急事態として、他の世界から勇者を召喚出来る事になっているんだ」

「俺の場合みたいにか?」

「少し違うけれど、そうだね。要は神様の力を目一杯つぎ込んだドーピングしまくりの魂を送り込めるんだ。しかも何だかんだで物資も大量投入できる。そのかわり、魔神倒してね! ってところ」

「言い方が身も蓋もない」


 とはいえ、虎之助もチートスキルと神器を貰っているのでそういうものだろうと言うしかないのだが。


「ってことは、俺以外の転生者にも渡したのか?」

「そう。今の事態を収束できそうな魂をスカウトして送り込んだんだけど、皆ダメだった。力を開花させる前に潰されたり、特別だと思って無謀な戦いを挑んで敗れたり、権力者が囲ってしまったりね。過信だよ」


 まぁ、思うだろうな。神に選ばれた特別な魂なんて言われれば大抵が強くなった気になる。虎之助はそもそもの生まれが特殊で、周囲は祖父を始め強者がいて小さな頃から叩きのめされてきた。相手と自分の力量というものに慎重になる下地があっただけだ。


「まぁ、そんな事で今は失敗してた。でも、魔神ユノテ討伐を願って召喚された勇者は本物だったよ。他人に優しく正義感があって、努力も感謝も忘れない。無事に魔王を討伐した後も人の為に尽くして、奢らずに最後は多くの人に惜しまれて亡くなった」

「いい奴だな」

「うん。でも問題もあった。召喚した女神……ボクの前任者がその勇者に本気で惚れて、彼を神にしようとしたんだ」

「!」


 沈み込む声とその内容に虎之助は目を丸くする。驚きの表情に疲れた様子でネオは笑って見せる。明らかに空元気的なものだ。


「虎之助の世界でも、人が神様になるってあるでしょ?」

「あるけどよ」

「同じだよ。魂が修練を重ねて経験を積み、その魂に信仰や願い、魔力が宿る。すると進化をするんだ。善行なら神に、悪行なら魔神に。ただそれは何回も転生を重ねて到達する域。でも異世界の勇者は事情が違う。だから女神は強硬手段に出た」

「……どう、した」

「手っ取り早い話、魂に膨大な魔力を注ぎ込めばこの世界では神様になれる。魂がそれに耐えられるかが問題ってだけ。大抵耐えられない。だから」


 そこで、ネオは一旦息を整えるように深く息を吐き出す。次にはスッと静かな目になった。空気も引けている。妙な静寂が流れて、虎之助は緊張から喉がなった。


「自分達が倒し、神が自然浄化させていた魔神ユノテの魔石と勇者の魂を融合させた」

「っ!」


 その言葉が、最初は入ってこなかった。悍ましい感覚だ。同時に、それは可能なのか? という疑問も生まれる。

 そもそも、そんな事をして魔神は復活しないのか? 勇者の魂が取り込まれる事だってありえるだろう! なんでそんな、危険な事を。


「勿論、簡単にはいかない。数百年、魂と魔石が融合するまで魔力を食わせなきゃいけない。その魔力を補う為に女神は世界のバランスを大きく歪めたみたい。亜人族達よりも魔獣を強く、数を増やしていった。そうして、数十万という命が散って魔力を奪われたカスになって魔物落ちしていく」

「待て! そんなにして何が欲しかった! 転生待てばいいんじゃないのか!」


 そんな事の為に犠牲になったものがどれだけある! いくら世界を創った神だからって、そんな横暴が許されるのか!

 悍ましいと同時に怒りが込み上げる。そんな虎之助を見て、ネオは弱く苦笑した。


「転生者の魂はお客様。定住させるのは大変なんだ。大抵は死んで元の世界に引っ張られて戻っちゃう。引き留めておくにはこの世界の器に入れて、馴染ませなきゃいけない。勇者だって同じだよ」


 強引に引き留める為の手段だった。そして、引き留めたものを生かしこの世界の者として留める為だった。

 その為に、多くの命が失われた。


 がっくりと力が抜ける。聞かなければよかったという後悔が半分、これに巻き込まれているという今更の重大さが半分だ。

 項垂れる虎之助の頭をネオがちょんちょんと撫でて「ごめんね」と静かに言ってくる。怒りたい気持ちはあった。でも、この少年神もまた多大な迷惑を被っている被害者の一人なんだ。


「何、すればいい?」

「……女神は捕まったけれど、直後に自分の魂の半分を砕いて世界にばらまいた。何をしてたのかは半分不明で改ざんだらけでもう修復不可。世界の権限はボクになく、その鍵を持っているのはおそらく魔神と融合させられた勇者だと思う。けれどそこに辿り着く為の地図がない。次元も隠されてて今のボクじゃ道が分からない」


 つまり八方塞がりだ。

 だが、ふと「地図」という言葉にひっかかって虎之助は一緒にくっついてきたマジックバッグを漁り、あの謎のアイテムを取り出した。


「これ、地図じゃないか?」

「それ! 虎之助がそれ見つけてくれたから呼んだの!」


 差し出した石版にパッと飛びついたネオが喜びの舞いでクルクル回る。よくわからないが、過分に喜んでいるのは伝わった。


「これが女神の隠した物に通じる地図の可能性が高い! だから虎之助には魔物を倒したりした時にこれを見つけたら渡して欲しいんだ」

「そりゃ構わんが、これを持ってた魔物はもの凄く強かった。そんなのとこれから何度も戦えってことか」


 正直、次命があるか分からない。溜息ばかりの虎之助に、ネオはニッコリと笑った。


「一人じゃないから、大丈夫だよ」

「……か」


 そう言われると自然と笑みが浮かぶ。そもそも転生直後も一人じゃなかった。クリームがいて、カフィがいて、信玄と兎達とスルトがきた。これからも増えるんだろう。


「一人くらい、人間の仲間が欲しい」

「あははっ、面白いよね! 人間は虎之助だけー」

「笑えねぇっての!」


 思わず声を上げるが、さっきまでの暗さは霧散していた。そうすれば考えも前へ進む。


「大丈夫、虎之助も強くなれるよ。素材を集めて仲間や道具を作るのもそうだけど、虎之助自身もまだ強くなれる。剣も育てなよ」

「だな。夢は夢で追うが、そこに集まるのが暗い顔の客じゃしけちまう。世の中平和になってこその、萌えだよな」


 木造の可愛い建物に、紅茶やコーヒー、甘いものの匂いがする店内。そこで働くのは可愛らしいぬいぐるみ達。そんな夢をこの世界にみる。そしてそこにくる客もまた、笑っていてもらいたい。


「まぁ、対価は未来の平和ってところだな」

「凄い対価だね。じゃあ、それが叶ったらボクは君に素敵な夢をプレゼントするよ」

「おっ、大きく出たな。俺の夢はバ可愛くてデカいぞ」

「ボク、神様だから」


 そう言って胸を張るネオに笑い、虎之助は拳を突き出す。キョトッとしたネオも意味が分かったんだろう。いい笑顔で拳を握ると、そこにコツンとぶつけた。


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