翌日は案の定動けなくてベッドの中。スルトは大笑いしたから五月蠅くてマジックバッグにつっこんだ。
そうして更に一日、虎之助の姿は作業部屋にあった。
「主、ようやく作るのか?」
「あぁ」
手元には以前に作ったのと同じテディの型紙。これをクリームを作った時に使ったフェンリルの毛皮の上に置いて転写のスキルを発動させる。そうして生地に写ったものを丁寧に裁断し、縫い代部分の毛はカットしていく。
その作業を興味深そうに、座ったままのクリームが見つめている。
「俺の体はこうして作られたんだな」
「あぁ」
足裏の刺繍は「T.Craft No.1 Cream」と金の糸で入れる。そうしてまた一針ずつ、丁寧に合わせて縫っていく。
「こんなに丁寧にしてくれたのか? 手間だな」
「俺の大事な家族なんだ、一つずつ丁寧に作るに決まってるだろ」
思い出す。神の領域で初めて作ったテディの事。どうなるかも分からなかったが、この世界で支えてくれる大事な相棒をと願って作った。
今もその思いは変わらない。いや、より一層強い。今ではクリームは家族だ。
頭を縫い上げ、胴も、手も、足も。ジョイントを入れる位置には目打ちで穴を開け、手足の綿は半分だけ。
「悪い、目のパーツを外したいんだがいいか?」
とはいえ、意識があるのに外すのはなんだかいい気分がしない。痛くないのは分かっているんだが。
だがクリームは気にした様子もなかった。
「そろそろ仕上げにかかるのか?」
「あぁ。綿を詰めて顔を作って組み上げていく」
「そうか。では俺はしばらく眠りにつくとしよう。その方が主もやりやすいだろう」
そう言うとクリームの首はカクンと落ちて、魔力の流れが急激に収束していく。今は魔石に全ての力が留まっている。
「悪いな、クリーム」
最後にもう一度だけ頭を撫でてから、虎之助は丁寧に目のパーツを外した。
新しい物を作っても良かった。でも可能な限り、使えるパーツは使いたかった。最初のクリームの大切なものを、ちゃんと引き継ぎたいと思った。
糸を外し、コロンと転がる目は艶々で綺麗な黒。後で知ったが、これはオニキスという宝石で厄払いの力があるという。しかも最上級らしく、厄災を払い邪を見透かすそうだ。
手の中の目は一見綺麗だが、よく見れば細かな傷がついている。それを丁寧に磨き、僅かに研磨してから同じように目の位置に取り付けた。白いもこもこの顔にクリッと大きな黒い瞳。大きな耳も相まって愛らしいものだ。
「可愛いぞ、クリーム」
詰まったばかりの頭を撫でて、虎之助は作業の手を早めた。
胴に綿を詰め、そこに取り出した魔石を入れる。心なしか深い部分にある青が青みを増し、キラキラと輝いて見る。更には一回り大きくなった気もした。
優しく撫でて、少しだけ魔力も注いでからそれを胴に丁寧に入れ込んで閉じる。
手と足の綿を調整し、鼻と口の刺繍をすれば完成だ。
「……新しい体、どうだ?」
「うむ、よく馴染む。さすがは主だ」
完成を宣言して置いた所で、クリームの体がピクリと動き眠そうに目を擦る。これも最初と同じだ。
次には二本足で立ち上がり、自分の体を見回して満足げにしている。その頭を、虎之助は改めて優しく笑って撫でていた。
◇◆◇
復活したクリームを一番喜んだのはカフィだったかもしれない。相当後ろめたかったのだろう。
信玄も喜んだし、リビングに出しっぱなしにしているスルトも迎えてくれた。
そんな、和気あいあいとした空気を感じながら虎之助は腰に手を当てて眺めている。なんだか昔が懐かしい、そんな気分で。
その日の午後は少し休み、夕食を取って風呂にも入ってから、虎之助は再び作業部屋に入った。
ランプを灯し、そこにケルベロスの黒い艶やかな毛皮を広げ、クリームと同じ型紙を転写していく。
こうして触れると微妙に手触りも違う。ケルベロスの方が毛足が短く少し硬い。だが十分に手に馴染み、柔らかな感触がある。
おそらくフェンリルは寒冷地にいるから毛皮が厚く毛足も長いのだろう。
裁断をして、余分な毛はカット。糸は生地に合わせて黒を選び、足裏にも刺繍をする。
「T.Craft No.2 Caffi」
この文字をようやく入れてやれる。黒い生地に綺麗な筆記体で綴られた名前を満足げに見ていると、スッとそこにコーヒーのカップが置かれた。
『どうぞ』
「ありがとう」
『……見ていても、いいですか?』
少し不安げに揺れる紫の瞳を見つめ、虎之助は目を細めて笑い頷いた。
ゆっくり丁寧に、一針ずつ入れていく。もふっとした生地の厚みも手に感じながら、これに入るだろう者の事を思って。
『不思議な感覚です。これに、私が入るのですか?』
「嫌じゃなければな」
『嫌だなんてそんな。嬉しくて……久しぶりにドキドキするのです。リーベ様と旅をした、あの頃のようなワクワクと緊張があるのです』
邪魔にならないように配慮しながらも珍しそうに作業を覗き込むカフィを見て、虎之助は小さく笑った。
「また、そんな冒険に連れて行ってやるな」
『……本当に、動けるようになるのでしょうか』
「あぁ、大丈夫だ。俺を信じろ」
パーツを一つずつ組み上げていく。刺繍をした足裏も綺麗に縫い合わさった。
そうして作り上げたパーツに、虎之助は目の素材を持ち込む。何気に一番気を遣った部分かもしれない。
深い紫色に煌めきのある目のパーツには、シャドウバイパーという蛇系の魔物の魔石を割って作った。Bクラスでもかなり上位で、大きさはそれ程ではなかったが噛まれたら一発アウトの強力な毒と邪眼というスキルを持っていて苦戦した。
だがこの魔石を見た時に、カフィの目にはこれがいいとずっと思っていたのだ。
しっかりと目を固定し、凹みを作る。鼻は敢えて暗めの茶色で作り上げる。
これらを組み上げ、中に輝虹石を入れ込んで綿を更に入れて閉じれば完成だ。
クタリと頭を垂れたテディはクリームとは違う可愛らしさと品がある。クリームが文句ない王道の愛らしさだとすれば、こちらは可愛さの中に品があり、やや影がある感じ。執事キャラとしては完璧な容姿だ。
『これに私が入るのですか? 少し可愛すぎやしませんか?』
「大丈夫だろう。凄く美人にできたと思うぞ」
『確かに、とても美しいと思いますが……』
戸惑いと、何処かおっかなびっくりな様子。近付いて、怖々と指先で突いているのを見て笑い、虎之助はその肩を叩いた。
「俺と、契約してくれるか?」
『! はい、勿論。嬉しいです』
驚きと、その後のふにゃっとした笑みを見つめて安心した。
出来上がったテディの後ろにカフィが立ち、背中に触れている。俺はその二人と向き合って立ち、手をかざした。
「いくぞ」
『はい』
『契約!』
魔法を発動するときの奇妙な声音。次の瞬間、テディとカフィの下に紫色の魔法陣が大きく展開して二人を包み込んでいく。テディの体からは蔦を思わせる金色の光がゆっくりと伸びてきてカフィを包み、それに従ってカフィも吸い込まれていく。
金の光がテディの中に収まり、紫色の魔法陣は溶けるように優しく夜に散っていく。場は、しばしの沈黙に支配された。
それを破ったのは、黒いテディベアだった。ピクリと肩が揺れ、傾いていた体が真っ直ぐになる。瞼はないのだが瞬きするような合間があり、頭が持ち上がる。すると彼はスッと立ち上がり、一歩ずつ確かめるように進んだ後でタッと走り寄ってきた。
「ご主人様!」
「カフィ! よかった、成功か?」
「はい。ありがとうございます。本当に、ありがとうございます」
ぬいぐるみなので涙は出ないのだろうが、声は間違い無く泣いている。丸く愛らしい頭を大きな手で撫でながら、虎之助は柔らかく目を細めて笑った。