ズシャリと血溜まりの中に王冠を被ったトロールが泥中へと倒れ込んだ。
その勢いで、被っていた王冠がコロコロと転がる。
倒れた時に飛んだ血と泥の混じった土がベルナの軍靴にかかると彼女は不愉快そうに顔をしかめた。
「汚らわしい。私の靴を汚すとは……」
「おのれ……人間……め……」
そう怒りと痛みに耐えるような声でトロール・ロードはぼそつく。
まだ息があったことにベルナは目を細めた。
「しぶといやつだ」
「魔王様の仇討ちを……取らねばならぬ。貴様はこの俺が……」
ぜぇ、ぜぇと荒い息でなんとかして立ち上がろうとするも右手を切り落とされ、両方のアキレス腱を断たれた状態では、立ち上がれないだろう。
悶え苦しんでいる中で、彼女は見下すような目で近づくと頭上から右足で踏みつけた。
「おのれ……おのれ……」
悔しがるトロール・ロードを見て、口端を吊り上げたあと剣を突き立てる。
背中や腕、死に至らない場所に剣を突き刺していく。
その度、トロール・ロードは苦痛に顔を歪めるが、ベルナはそれにもお構いなしに剣で刺し貫き続けた。
やがて、事切れた。
ベルナは剣に付着した血を振り払って、鞘に収めると満足げな顔をした。
そして、彼女は周囲を見回す。
彼女の周囲には屍の山が築かれ、辺りは血みどろだった。
数名のフェレン聖騎士たちとゼレペ城塞の守備兵が数えられるほどの人数しか残っていなかった。
彼女は何も言うことはなく、踵を返す。
視線の先で、少年兵が死んでいるのが映った。
彼女は眉を顰め、少年兵の前まで足を運ぶ。
ベルナは無言で少年兵を見下ろすと見開いた瞼をそっと閉じさせた。
そして、小さく呟いた。
彼女の頬に風が撫でるように吹いた。
白銀の髪がなびくと彼女は誰にも聞こえないほどの小さな声でぼそつく。
「―――弱いから死んだ。ただそれだけだ。我らが偉大なる女神スティーファ様、この者の魂をどうかお導きを」
ベルナの祈りが風に消える。
そんな中、彼女の背後から返り血で真っ赤になった兵士がやってきた。
「ベルナ様」
「なんだ?」
「はっ。その、降伏した亜人どもをどう処遇いたしますか?」
それにベルナは迷うことなく告げる。
「決まっているだろう。私の前に集めろ。全てだ」
「は、はっ」
兵士は敬礼し、しばらくしたあと、生き残った亜人たちを連れてくる。
怪我をしたオークに泥まみれのコボルト、片腕をなくしたゴブリンと様々な亜人たちが並べられた。
その亜人たちを見て彼女は顔をしかめる。
「醜いケダモノども……」
彼女はそう吐き捨てると剣を抜き、ゆっくりと歩み寄る。
女オークの首筋に剣刃を当てた。
「助けて……どうか、助けてください……」
命乞いをするように女オークが頭を下げる。
それを見て、ベルナは悪魔のような笑みを浮かべた。
周りで見ていた兵士からすれば、それは優越感に浸っているのか。
この状況を楽しんでいるようにも見えた。
「私もお前と同じように命乞いをした。どうか、助けてください、と。だが、お前らがやったことはなんだ? 無抵抗だった私をいたぶり、楽しそうに殺そうとした。私の母も父も、弟さえも、お前たちは殺した。そして、私の村を焼き払った。私はそれを忘れない」
「それは私じゃない。私はそんことを―――」
「黙れ。お前の言葉は信じない」
ベルナは女オークの首に剣を押し当てる。
首筋から赤い血が滴り落ちた。
「や、やめて……」
ベルナは躊躇なく剣を振り下ろす。
女オークの首がゴトリと落ちる。
「このケダモノめ!」
「この外道!」
そんな罵声が飛ぶ中、ベルナはニヤリと笑みを浮かべた。
近くに控えている兵士に視線を向け、顎で指示を出す。
「はっ。槍兵! 構え!」
横に並べられた亜人たちの後ろに槍を構えた兵士たちがゆっくりと歩み寄る。
「頼む、殺さないでくれ」
「降伏したはずだ! 命だけは助けてくれ!」
亜人たちが叫ぶが、それに構うことなく部隊長は右手を上げ、振り下ろした。
「突け!」
その号令に兵士たちは槍を一斉に突き出す。
背中を突き刺され亜人たちの悲鳴が上がる中、彼女はただ見つめているだけだった。
最後の亜人が絶命したのを確認すると、納得気に頷いたあとベルナは小さく口を動かす。
「すべての魔物に死を……」
そう呟くと、彼女は踵を返しゼペレ砦へと戻った。