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第7話 経絡治療の謎と早川家の思惑


松下光弘は困惑した表情でタブレットを受け取った。

画面にはリビングの監視映像が流れている。長身の女性が迷いなく九条凛のシャツを引き裂き、指先で的確に彼の胸元を押さえていた。


「経絡治療だ!祖父の古い本で読んだことがある!」

松下は信じられないという顔で目を見開き、思わずソファから立ち上がった。

これは絶対に色っぽい雰囲気なんかじゃない――その指先の動きは、間違いなく高度な医術だ。


「今どきこれを使える人がいるのか?祖父でさえ話に聞いただけだったのに!どうして彼女が?」

松下は画面の早川奈緒の指先を指しながら、声を震わせて言った。

「見て!彼女は君の胸の四つの血脈を封じて、無理やり血流を逆転させてる!あの時、胸が詰まって吐き気がしただろう?彼女の手技は逆流する血液を中和して、毒を和らげてたんだ!」

興奮しすぎて手が震えている。


九条凛は静かに座ったまま、指先にわずかな緊張を滲ませ、深い瞳には驚きが浮かんだ。


「彼女に会わせてくれ!」

松下は衝撃を抑えきれない。


その時、内木優哉が足早に入ってきて資料を差し出した。

「凛様、調べました。」


九条凛は素早く目を通す。松下も身を乗り出して名前を見て、さらに首を傾げた。

「早川奈緒?早川家っていえば、愛花じゃなかったのか?」


「そうです。九条家に“以喜事驱散灾祸”のために嫁いできた奥様です。」

内木が小声で答える。


松下は驚きのあまりソファに腰を落とし、急いでお茶を飲み干した。

「まさか……“以喜事驱散灾祸”が本当に効果あるとは!信じられない!」

内木は何が起きているのか分からず、きょとんとしている。


「三歳で行方不明、十七年ぶりに戻ってきて、早川家に帰ってきてまだ七ヶ月?」

九条凛の瞳が冷たく細められる。


「はい、」

内木が補足する。

「帰ってきてすぐ早川エンターテインメントに所属させられましたが、早川家は彼女の存在を外に隠していて、これまで一度も公表していません。この七ヶ月、端役しか与えられていなくて、まったく注目もされていません。」

調べながらも違和感を覚える。


「おかしいだろ!」

松下が立ち上がる。

「九条家のご隠居が早川家と縁組みしたいって言い出した時、表向きの令嬢は愛花だったはずだ。なのに、名字も変えてない実の娘を急に“以喜事驱散灾祸”のために送り込んだ? つまり、九条家がダメになりそうだから、どうでもいい娘を身代わりに差し出したってことだ。」


話すほどに、全貌が見えてきた。


「こうすれば九条家とも揉めず、もし本当に“以喜事驱散灾祸”が効けば、九条家と繋がれるし恩も売れる。失敗したら、認めていない娘が死ぬだけで、ダメージはゼロ。九条家も文句をつけられない。……本当に計算高い!」

財閥の裏側を知り尽くした彼でさえ、驚かずにはいられなかった。


「だから結納金を全部持っていったのか……」

九条凛の低く冷たい声が響く。

その言葉に、内木と松下は一瞬息を呑んだ。


「内木。」

九条凛は指で肘掛けをトントンと叩き、目に底知れぬ光を宿す。


「はい、凛様。」

内木は即座に返事をする。長年彼の側にいて、この若き当主の手腕を知り尽くしている。九条凛、二十八歳にして財界で名を轟かせ、九条家の力はただの財閥以上だ。


「早川家の祖父と私の祖父は古い縁がある。今、祖父が病床で無理やり“以喜事驱散灾祸”を進めているが、早川家が送ってきたのは名字も変えず、正体も公にしない娘だ。この態度は九条家の顔に泥を塗り、約束を蔑ろにしたものだ。」


冷たいまなざしを上げる。


「早川家には伝えておけ。旧情を忘れ、ここまで侮辱するなら、九条家と早川家の縁はこれまでだ。もう何の貸し借りもない。」


その一言で、早川家がすがる最後の望みは断ち切られた。


内木と松下は顔を見合わせ、松下は手をこすりながらワクワクが止まらない。


「……凛様、これは奥様の味方になるってことですか?」

松下は小声で訊ねる。冷静で私事を一切持ち込まない九条凛が、“以喜事驱散灾祸”のために迎えたばかりの奈緒のために早川家に楯突くとは想像できなかった。


「味方というより当然の筋だ。」

九条凛は淡々と答える。

「彼女が俺の体の毒を抑えた。この恩は九条家が受けるべきものだ。早川家が彼女を軽んじ、しかも“早川家の令嬢”として認めていないなら、この縁自体成立していない。早川家が“縁戚”を名乗る資格はない。」


九条家は決して弱みを見せないが、理不尽も許さない。早川家が両取りを狙うなら、九条凛は容赦なく拒絶する。


「それでこそだよ!後から昔の縁を盾にごちゃごちゃ言われたくないしな。」

松下は大きく頷いた。


彼が再びソファにもたれかかったその時、九条凛はもう立ち上がり部屋を出ていく。


「おい、待ってくれよ!」

松下は慌てて追いかけた。


――寝室――


早川奈緒は少し目を閉じて休んでいたが、かすかに外の話し声が聞こえた。

部屋の防音はしっかりしていて、内容までは分からない。


「ブー――――」

スマートフォンが震える。


画面に「早川雅子」の名前。


奈緒の目が冷たくなり、そのまま通話を切った。

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