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第10話 九条家の態度


早川将史は愛花をかばいながら、拓海と智洋の会話を聞くと、すぐに険しい顔で近づいてきた。


「兄様、あいつこそ一度ちゃんと叱られた方がいいんだ!一発殴れば大人しくなるさ。さっきの運転手が九条家の人間だったとしても、それが何だっていうの?“以喜事驱散灾祸”で無理やり送り込まれただけだし、九条家が本気であいつの味方をすると思う?それに、九条凛はもうじき死にそうなのに、誰があいつなんか気にするもんか。うちに戻してやっただけでも有難いと思えってのに、なおさらお母様や愛花のことまで怒らせるなんて!」


将史は話すほど怒りがこみ上げ、なおの冷ややかな視線を思い出して思わず身震いした。


昔はいつも控えめに媚びてきたくせに、今になって反抗するなんて、自分の面目が丸つぶれだ。


「でも、今は手を出すなよ!」拓海は熱くなった頬を押さえ、暗い目で言った。「あの運転手が九条家に話を持っていったら、九条家が動かなくても、俺たちが悪者にされるだろう。」家の跡取りとして、彼は何よりも体面や利益を重視していた。


「兄様、メガネが粉々にされちゃったよ。あいつ、兄様を殴ったの?痛い?私、見せて。」愛花は今にも泣き出しそうな声で、しゃがみ込んで床のメガネの破片を拾おうとした。その時、「うっかり」指先で鋭いかけらをつまんでしまう。


「きゃっ!」小さく悲鳴を上げて手を引くと、指先に鮮やかな血の粒がにじみ出てきた。涙目で顔を上げ、唇を震わせながら訴える。「全部私のせい…もし私が最初から嫁いでいたら、お姉ちゃんだってこんなことにならなかったのに……。でも、彼女が私を恨むのは仕方ないけど、どうして兄様やお母様まで巻き込むの……」顔色も青ざめ、傷ついた指を見つめて涙がこぼれる。


その姿に、三兄弟はすぐに心を動かされ、愛花を囲んだ。


「泣かないで。なおが悪いだけで、君は何も悪くない!」


「早く手当てしよう!」


慌てて手を取り、傷の手当てをしながら優しくなだめる。


一方、雅子はソファにぐったりと座り込み、奈緒に勾玉を奪われた場面が頭から離れない。勾玉がなくなった途端、妙な寒気に襲われ、気分もどんより沈んでいく。


「お母様、大丈夫ですか?」拓海が異変に気づき、駆け寄った。


雅子ははっと我に返り、不安げにつぶやいた。「あの子、本気で私たちを恨んでるのかしら……結納金まで全部持っていって、もしこれから九条家で私たちのために動いてくれなかったらどうするの……」頭の中は損得勘定ばかりだ。


その言葉に、拓海は険しい顔をした。さっきまで順調に進んでいた仕事の話が、相手が一本の電話を受けた途端、突然ご破算になったことを思い出す。まるで誰かに狙われているような不安が募る。


「ダメだ、結納金は絶対に返してもらう!あんな貴重な品、なおなんかに持たせておけるか。もともと愛花のためのものだったのに!」将史は怒りを爆発させる。


智洋は冷たい目で兄を見つめ、「兄様が《孤島サバイバル》の出演枠を用意したんだろ?あいつが島に行ったら……将史、うまくやって、“少しトラブル”でも起こしてやれ。」と、氷のような声で言った。


居間は一気に静まりかえった。その残酷な提案を、誰も咎める者はいなかった。


愛花の伏せた目元に、満足げな冷笑が一瞬だけ浮かんだ——すべてが、彼女の思い通りに進んでいる。


九条家本邸


高級車が長い並木道を抜け、風情ある和風の本邸前に停まった。門の外では柳の枝が風に揺れ、枯山水の庭園には広がる静けさ、池には蓮の花が咲き誇り、夏の陽射しを浴びて美しく揺れていた。


「お帰りなさいませ、奥様。」ドアが開き、メイドが丁寧に頭を下げる。


奈緒は軽く会釈し、邸宅の中へと足を踏み入れた。道すがら出会う使用人たちは皆、早川家とはまるで違う、礼儀正しい態度だった。九条凛の姿は見えず、執事も忙しそうだ。どうやら「凛様が食事にお呼びです」という運転手の言葉は、早川家から逃がすための口実だったらしい。そのことに気づくと、奈緒は思わず気持ちが軽くなった。


早川家を離れると、空気までもが澄んでいるような気さえする。


奈緒が階段を上がろうとした時、背後から落ち着いた足音が聞こえた。振り向くと、九条凛が外から帰ってきたところだった。ダークカラーのシャツにスラックス、無造作にまくった袖からは引き締まった腕がのぞき、血管が浮かぶその様子には力強さが漂っている。


「こっちに来て。」凛は短く声をかけた。


奈緒は眉を上げ、彼について裏庭へ向かう。


凛は檀木のテーブルに箱を置き、それを開いた。「頼まれていた百年物の薬草、半分は手に入った。残りは数日で届くはずだ。」その声は相変わらず低くしわがれている。


奈緒は少し驚きながらも、箱の中身を確認した。薬草はどれも質がよく、市場ではほとんど目にしない貴重な品ばかりだ。彼女は霊芝を手に取り、そっと香りをかいで満足げな表情を浮かべた。


「急がなくて大丈夫。実は明日から《孤島サバイバル》の収録があって、半月ほど家を空けます。」箱を閉じながら、そう伝える。


凛は彼女が薬草に向ける専門的なまなざしに気づき、「《孤島サバイバル》……?」とわずかに眉をひそめた。


「ええ。」奈緒は頷き、さらに続ける。「安心してください。帰る前に、この薬草で薬湯パックを作っておきます。毎晩三十分湯船に入れば、毒の広がりを遅らせることができます。薬草がすべて揃えば、帰宅後に毒を抑える漢方薬も調合できますよ。」ごく自然な口調には誇張も打算もなく、聞く者を安心させる自信があった。


「そのバラエティ、早川家に出されてるのか?」凛は問いかける。内木優哉の調査によれば、早川家は奈緒をただの使い捨てとしか考えておらず、ろくな役も与えていなかった。このタイミングでの出演には、どうにも不審なものを感じる。


「そうです。今のマネジメント契約も、あと半月で終わり。その番組に顔を出さないと違約金を払わなきゃいけないんです。」奈緒は軽い調子で、皮肉を込めて言う。金があっても、早川家に渡すつもりなど毛頭なかった。


凛の黒い瞳に一瞬だけ冷たい光が走り、低い声で尋ねた。「何か手助けが必要か?」

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