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第12話 街中での一撃


執事は今朝、早川奈緒が九条凛の毒素を抑えた手際を思い出し、彼女の言葉にすっかり信頼を寄せていた。「奥様、ご安心ください。私がしっかり見張っております!」


「時間通りに薬湯に浸かれば、問題は起きません。」早川奈緒の声は自信に満ちていた。


彼女は食卓に歩み寄り、豪華な夕食を見つめた。刺身の盛り合わせ、照り焼き、天ぷら、煮物……思わず足を止める。早川家に来て七ヶ月、彼女の食事はいつも冷めた残り物ばかりだった。東京に戻ってきてから、誰かがこれほど心を込めて用意してくれた食事は初めてで、胸の奥に複雑な想いが広がった。


「奥様、お口に合いませんか?それとも、海鮮が苦手で…?すぐにお取り替えします!」執事は彼女の表情に気付き、慌てて料理を下げようとした。


「大丈夫。」早川奈緒は彼の手をそっと押さえた。「どれも私の好きなものです。ただ、少し考え事をしていただけ。」


彼女がそう答えると、執事はようやく安堵し、丁寧に汁物をよそい、箸を差し出す。「お気に召していただけて何よりです。もし苦手なものがあれば、いつでも仰ってください。」


「ありがとう。」早川奈緒は小さな声で礼を言った。


彼女が食事を始めると、使用人たちは手際よく片付けを済ませた。しばらく窓辺に立った奈緒は、バッグを手に外出し、日用品を買いに向かう。夜の街は賑やかで、ネオンがきらめいていた。


「奈緒!」突然、腕を強く掴まれ、思わず顔をしかめるほどの力だった。


振り返ると、冷泉慎也が息を切らして立っていた。帽子を深くかぶり、マスクで顔を隠していたが、その目には怒りと恨みが渦巻いている。


「放して。」早川奈緒の声は冷たかった。


冷泉慎也は手を緩めるどころか、さらに力を込めて押さえつけようとしたが、奈緒に激しく振り払われた。


彼女の視線は氷のように鋭く、冷泉慎也の心に突き刺さる。以前の彼女はこんな目で自分を見ることなどなかったのに――。


「もういい加減にしてよ。私の番号までブロックするなんて、駆け引きのつもり?」冷泉慎也は怒りを必死に抑え、穏やかな口調を装った。「言うことを聞いてくれさえすれば……」


「パチン!」鋭い音が夜空に響いた。冷泉慎也は頬を押さえ、信じられないという目で彼女を見つめた。


早川奈緒は皮肉な笑みを浮かべ、彼を上から下まで見下ろす。「お母さん、あなたにプライドを持たせて産んでくれなかったの?それとも、私一人にこんなことを仕掛けて、恥ずかしくない?」彼女の言葉は一つ一つが鋭く、容赦ない。「冷泉家の影の私生児ごときが、私に説教できる立場?」


「私生児」という言葉が、冷泉慎也の心の奥にある痛みを正確に突いた。彼の瞳には怒りが一気に燃え上がる。彼女がここまで自分を侮辱するなんて。そして何より、完全に突き放されたことが許せなかった。以前はあんなに従順だったのに!


「いいだろう、覚えておけ!」冷泉慎也は震える手で自尊心を必死に支えながら、「早川奈緒、今日のこと、絶対に忘れるな!これからはたとえ君が土下座しても、二度とチャンスなんかやらない!」と捨て台詞を残して背を向けた。


だが、その腕は早川奈緒にぐいっと掴まれた。


冷泉慎也は振りほどこうとしたが、力強く離してもらえない。虚勢を張って、「もう、何を言われても……」


「ショウ!」早川奈緒は大きな声で叫んだ。「夜中に私を付きまとって、終わったら逃げるつもり?」その声は賑やかな通りの中でもひときわ目立った。


冷泉慎也は一瞬で青ざめた。正体がバレるのを恐れて変装していたのに、まさか人前で芸名を叫ばれるとは!


「放せ!」彼は必死に逃げようともがいた。


周囲の人々が次々と集まり、ざわめきが起こる。


「女性をつけ回すなんて、最低!」


「警察呼びましょう!」


早川奈緒はわざと声を震わせ、涙声で訴えた。「彼、私が言うことを聞いたら恋人になるってしつこく迫ってきたんです。もう限界です!警察呼んでください、このストーカーを!」


冷泉慎也が人々の注目に晒され、動揺している隙に、奈緒は素早く動いた。彼の帽子をはたき落とし、マスクも素早く引き剥がす。


「な、何を……!」冷泉慎也は思わず顔を隠し、奈緒の冷たい笑みに気づいた時、彼女が自分を完全に潰そうとしていることを悟った。


人々の間にざわめきが広がる。誰かが彼の素顔に気づいた。


「え、あのスターのショウじゃない?」


「うわっ、見た目だけの私生児が、こんな夜中に女の子をつけ回してるの?」


「最低男!」


怒った女の子が持っていたアイスクリームを彼の頭に投げつけた。冷たいクリームが髪にべっとりと絡みつく。


「最低!」という罵声が飛び交う。


冷泉慎也は羞恥と怒りで顔を真っ赤にし、クリームまみれの頭を押さえて群衆の視線から逃げるように走り去った。まるで追われるネズミのように車へ飛び乗ると、振り返っても奈緒の姿はもう見えなかった。


彼女は自分を利用して、全ての怒りを引きつけ、自分だけ無傷で立ち去ったのだ。


「早川奈緒……この女め……!」冷泉慎也は怒りに震えながら、ハンドルを殴った。


その時、突然スマートフォンが鳴り、「早川愛花」の名前が表示された。彼は何度も深呼吸して怒りを抑え、優しい声を作って電話に出る。「愛花?」


電話の向こうでは、早川愛花が涙声で訴えてきた。「慎也、どこにいるの?さっき電話に出てくれなかったのは、お姉ちゃんが私の代わりに嫁いだから……怒ってるの?」

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